12 / 13

第12話

 急患が多く、家路に着いたのは零時を回りそうな頃だった。  疲れか、昨夜の気怠さが尾を引いたのか、足取りも重く統夜は公園をゆっくりと歩いていた。    朝になって忽然と消えたノアールの事を探す理由もなく、ただ呆然とした消失感を感じていた。  本当にいたのか、確かに触れた感触も、疑問だったが、胸に残された傷跡が、ノアールが存在していた証拠だった。  ふと、闇の中に人の声を聞いたような気がして、統夜は立ち止まった。 「…ノアール?」  そんなはずはなかったが、気を引かれるまま耳を澄ませた。  祈りのような声が、低く響いていた。  それはまるで、死者を弔う神への言葉のような。 「!う…ッ!」  統夜は呻きを漏らした。  激痛が、胸に奔り、あまりの痛みに、統夜は胸を庇い身を折る。   額に汗が吹き出す。  心疾患は無い。むしろ、この痛みは火傷のそれに近い。  近くの木に寄りかかり、身動きも取れず闇を見た時、それは目に映った。  華奢な身体に伸し掛かる、黒い影。  僅かに輝きを放つ銀の髪と、仰け反る細い顎。黒い髪。  その顔には見覚えがあった。 「ノ…アール…!」  呼ぶが、呟き程度にしか声は出なかった。  ノアールに伸し掛かる影は、その胸から何か取り出すと、口元へ運び、頭上に挿頭すように持ち上げた。  銀に輝く、ロザリオだった。  男はますます低い声を上げ、祈りの様な言葉を紡いでいた。  ノアールは、意識がないのか抵抗もせずに横たわっていた。  統夜には意味がわからなかった。  男は、ノアールの衣服を裂き、白い胸へ指を這わせた。  何かを探すようにも見えた。  数秒後、男は銀に煌めくロザリオを、ノアールの胸元へ下ろした。 「ぐ…ッ…ぁああああああああッ」  統夜は悲鳴を上げていた。  灼熱の焼鏝を押し付けられたような、鋭い痛みが胸を刺した。  痛みの在処を探すように、統夜は胸を掻いた。  左胸に、煙が上がっていた。  シュウシュウと音を立てたのは己の胸だった。

ともだちにシェアしよう!