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なかったことにシマセンか?
自分の部屋に逃げ帰ってシャワ一に飛び込み、ゴシゴシ洗う。コウタロウが汚いわけじゃないのに。鼻の奥がツ一ンとして泣きそうになっていることに気がつく。嬉しい悲しいだけではなく、ビックリでも涙がでそうになるって発見だ(知りたくないタグイだけど)
冷蔵庫の中には何もなく、ビ一ルしかない。一瞬迷ったけどビ一ルを手に取った。魔物を制するのは魔物しかない。飲み下したビールはいつにも増して苦くてちっとも美味しくない。
昨日、コンパだった。いつものごとくダラダラと飲んで、飲んで……あ、あいつだ。サトル先輩に絡まれたんだ。
なにかと優しいから俺も懐いてたのに、下心あってのことだったようで、トイレに行った俺を追ってきて言ったんだ。
『お前、そんな生意気な顔しているのにバリネコだって本当?』
いきなりそんなこと言われてびっくりした俺は酔いもあって動けなかった。俺の好みじゃないけど整った顔に色を滲ませて、サトル先輩はすれ違い様に俺の耳を甘噛みしやがった。ダイレクトに腰にきた(あいつ場数踏んでいるな、絶対だ!)
動揺が収まるまでトイレにいて、そして戻って、ウ一ロンハイを飲んで……で?それで?なんで俺コウタロウの部屋に行ったんだ?
携帯をチェックしたけど、着信もメ一ルもない。俺が押しかけたってことか?ぜっんぜん思い出せない。
……ごめんなコウタロウ。
明日からあいつとどうやって一緒にいればいいんだろう。そもそも一緒にいてくれるか?
「は~」
特大のため息をついて、冷蔵庫をみたけどビ一ルはさっきので終わってる。今日は飲むことに決めて、コンビニにいくために玄関をあけた。
ドアの向こうにはコウタロウがぎょっとした顔で立っていた。よりによって今一番会いたくない顔!ちょっと整理する時間を俺にくれたっていいだろう!
「さとの家、自動ドアになったのかとおもったよ」
ニコニコするコウタロウ。俺はこの顔に弱い。もう何も言えなくなる。
「コウタロウ、入る前にビ一ル買ってきてくんない?」
どっと疲れてうなだれながら千円札を握らせる。
「え~くるなりお使いって。ひどいね」
口をとんがらせたコウタロウ。小さいときから変わらない顔、可愛いな~(んなこと言ってる場合か、俺)
「発泡酒でいいから。いや甘めのチューハイが飲みたい」
俺はそのまま玄関の扉を閉めた。ドアにもたれたままズルズルと座り込む。
さて、どうしたもんだ。コウタロウにどうやって何を言ったらいいんだろう。答えも言い訳も上手な嘘も浮かんでこない。
すごく酔っ払っていた、そうだ、だって記憶がないんだし。でも俺間違ったって言っちゃったよな。かなり酔っ払っていたからコウタロウじゃなくて、最近親しくしているヤツと間違ったんだよってことにしようか。
よ、よわい、弱すぎる言い訳だ。信憑性が何もない。このあいだ読んだ本にあったじゃないか。嘘をつく場合1~2割程度の事実を混ぜると信憑性が増すとか何とか。そうだ、ちょこっと本当のことを混ぜてこじつければいい。
頭がイタイうえに、パンクしそうだ!頭をガシガシして抱えたところにコウタロウが帰ってきた。
「僕のお金も足して買ってきた。昼間から飲むのはなんだかワクワクするね」
いつものように子供っぽい言葉を俺に向けるコウタロウに、俺は罪悪感でいっぱいになる。
俺の顔を誤解したのかコウタロウは俺の頭を撫ぜながら缶を開けて渡してくれた。
「頭いたい?きっと飲んだら治るよ」
ニッコリ微笑むコウタロウを見たら、なんだか泣きたくなってきた。
「さと、僕を女の子と間違ったわけじゃないよね」
買ってきたビ一ルが無くなって仕方なく松田が置いていった焼酎をチビチビ舐めていたコウタロウが独り言のように切り出した。
「なんで女子じゃないって思うんだよ」
ほんとになんで?コウタロウは首まで真っ赤になっている。首筋に散らばるキスマ一ク……めまいがしそうだ。あれは俺がつけたんだよな。全然思い出せない!
体育すわりになって両膝に顔を埋めたコウタロウの声はくぐもっていた。
「だって、きのう僕が……」
「僕が?」
コウタロウがなに?何を言って、言って……うげ!
今度は自分の顔が燃え出すかと思った。俺はネコだから。
俺は少し長めの真っ黒な髪とあっさりした顔をしている。だけど目が切れ長で三白眼なんだ。松田龍平といってほしいところだが、そこまで上等じゃないと自覚するだけの謙虚さは持ち合わせている。この三白眼が人を小ばかにしたような生意気な印象を与えるらしい。
俺としては普通にみているだけなんだけどね。その三白眼が欲に濡れると、格別らしい(何人にも言われた)
そしてバリネコときたもんだから、俺の熱狂マニアがいるわけだ。サトル先輩までとは思ってなかったけど。
当然のようにコウタロウにも俺の実力を行使したってことらしい。襲い受け?いや、襲ったかどうかわからないし。じゃあ誘い受け?コウタロウが誘いに乗った?イヤイヤイヤ、ないない。コウタロウが俺を襲う?それこそありえない。
「コウタロウごめんな、ほんと、覚えてないんだよ」
「うそだ、さと、間違ったっていったじゃない。だから覚えているんだよ。そんな嘘をつくってことはなかったことにしたいからなんだろ?」
相変わらずモゴモゴした声。無かったことに、ええ、盛大に無かったことにしたいデス。
「もう今更取り返しはつかないけどさ、コウタロウには悪いことしたって思ってる。俺最近付き合いだしたユウキってヤツと一緒にいるんだと、そのつもりだったんだ。だからコウタロウでびっくりしたんだよ。ほんとゴメンな」
コウタロウは俺の顔をみて口をとがらせる。
「ユウキって人僕と似てるの?」
似てない。全然似てない。(残念ながら)
「いや、ユウキは年上だし、コウタロウとは全然違うよ」
出勤していくス一ツ姿のユウキを思い出す。あいつはあいつなりに格好いいんだよね。
「さと、いいよ、その人のこと思い出さなくて」
うげ、そんなに顔にでてたか?はずかしい男だな俺は。
「さとは、男の人が好きなんだね」
俺はグッと詰まった。そうだ、俺は男しか好きになれない。12歳の時に実感して15歳で思い知った。自分を自分で受け入れられるようになった17歳になるまでは、苦々しい思いを抱えていたんだ。
コウタロウ、それは質問か?確認か?どっちか決めかねて、俺は返答に困った。
「さとがいつか言ってくれると思ってたのにな」
ん?ん?何ですと?
「僕がいくら疎くたって、『魔性の三白眼』のことくらい知っているよ」
■×◎_!!☆!!
「あの……ナンデスカ、その魔性の三白眼って」
聞かなくてもわかっていたのに、聞いてしまったバカな俺。
「さとは一部の人にはモテモテだよ。僕まで誘われることもあって」
「なに!」
俺はコウタロウだけは、そういうところには無縁でいてほしいと思っていたから、それなりに距離を置くようにしていた。高校は男子校にいって、コウタロウは共学だったから共通の友達もいない。何故か大学は同じになっちゃったんだけど(コウタロウのほうが頭いいのに)サ一クルも専攻も違う。コウタロウは一年のとき俺とは違うキャンパスだったから住んでいる場所も同じ路線だけど反対側。一緒にのみにいくことも滅多にないし、2年の今は同じキャンパスだけどそんなに一緒にいなかったはずだ。学食でめし食うくらいだし。
それなのに俺と同じに見られたなんて、ものすごく情けない。
「なんか僕、すぐさとの話をしちゃうみたいなんだよね。意識していないからわからないんだけど、こないだ松田に言われた」
松田は俺とコウタロウの共通の友達だ。妙に達観しているジジイのような男。俺のことをタロコンと言うんだよ。コウタロウコンプレックスだとさ。バカバカしい。
「コウタロウ、松田にサトコンとか言われてるんじゃないだろうな」
「さと、なんでわかった?松田なんか僕の名前なんかほとんど呼ばないよ「よう、サトコン」って言うから、どういう意味のあだ名だって聞かれて困るんだよね」
あ~またこいつはニコニコして。あんなにニコニコしてバリネコの俺の話なんかしちゃったら、そっち様たちが色めき立つに決まってるよ。
「コウタロウには言わないといけないと思ったこともあったけど、ノ一マルなお前に言っても負担になるだけだろう。言ったところで俺の心が軽くなるだけだとわかったから、言わなかったんだ。隠してたわけじゃない」
はたと気がつく。もしかしてコウタロウの童貞を奪った?『初体験は男でした』そんなノンケ、シャレにならん!
「コウタロウ、ま、まさかお前、初めて……じゃないよな」
「え、うん……男の人は初めてだったけど」
ピリっとした痛み。コウタロウでもSEXするってことだ。なんか複雑。いずれにしてもコウタロウはこのままノ一マルの生活を送るべきだ。俺のところに堕ちてくる必要はない。
「コウタロウ。俺が間違ったんだ。お前も間違いだったと思うんだ。できるな?コウタロウ」
『できるな?』と俺が言うと、コウタロウは何も言わないはずだ。俺がこの言葉を言うときは、これ以上どうしようもできないとわかっているから。案の定コウタロウは諦めたように言った。
「わかったよ。間違いだった」
よし、これでいい。これでいいんだ。
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