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ちょっとだけ、俺のお話

 翌朝、あまり眠れないままに大学に行った。相当不機嫌に見えるようで、俺の周りだけ台風の目のように空間ができる。面倒だからこの状況は都合がよかった。それなのに、やっぱり松田が寄ってきた。 「よう、今日は一段と荒んでますね」 「よく眠れなかったんだよ」 「ふ~ん。例のリ一マンと別れたのか?今回はまた随分早かったな」 「いや、ユウキとは何もな……あっ」  言ってしまってからしまったと思ったが、時すでに遅し。 「タロコン発動中か。なんかお前の自虐精神には頭が下がるね。むしろ尊敬の念だ」  俺の背中をバシバシ叩く松田を横目に、またもやため息。一昨日はそのままコウタロウを家に帰したけど、これからどうしたものかと考えると、とたんに憂鬱になる。 「はあぁぁぁ」  ため息をつく俺を見る松田は、動物園のパンダでも見るみたいに目を輝かせていた。憂鬱に苛立ちがプラスされ、さらに寝不足が加わり、俺の精神はドロドロ状態。もう今日は帰ろうかと思った時、後ろから声がかかる 「さとし、この間は大丈夫だったのか?」  そこにはサトル先輩が意味ありげな視線を俺に寄越していた。 「ちょいごめん、松田。なんか俺に用があるみたいだから」 「ん。いってら。あ~いっとくけど、あの人はお前に合わないよ」 「へ?なんで?てかどういう意味で?」 「色んな意味でよ。あの人はやめておいたほうがいい。これめったに言わない俺の本気」  確かに松田がここまで言い切るのだから、よっぽどだ。松田情報は侮れない。 「わかった、おいたはしません」 「大変よろしい!」  俺はコウタロウとのオイタで充分な気分だった 「なんすか?サトル先輩」 「さとし、先に帰るから心配したじゃないか。俺としてはこれからって思っていたのに残念だったよ」  どうやら俺は先に帰ったらしい。なんで途中で帰ったんだろ。相変わらず記憶は戻ってこない。 「サトル先輩の意図は理解したけど、俺そういうつもりじゃないんですよね」  今はこれ以上面倒はいらないデス。 「そういうつもりってどういう意味なのかな?」  舌なめずりでもしそうな顔だよ。眼鏡男子でク一ルと評判なのに、そんなモノ欲しそうな顔しちゃってさ。  猛烈にイライラしてきた。俺がどんなに色々苦悩しているのか、どいつもこいつもわかっていないみたいだし!なんかもう!あ~ダメ! 「サトル先輩。俺ね、こうみえても忙しいんですよ。先輩は男女とわずモテモテみたいだし、そうそう落ちない相手はいなかったでしょうから、何でも思いどおりにできると思ってるみたいだけど。あいにく俺はそこまで飢えてない。他あたってください。 もうひとつ言わせてもらえば、アナタは俺の好みじゃない」  少しアゴを上げて冷たい目で相手を見る。こういうとき三白眼は便利なんだよな。  思ったとおり拒絶されることに慣れていない先輩は、みるみる赤くなった。ザマアミロ、俺は忙しいんだよ! これ以上大学にいる気がうせて、家に帰った。  俺は薄暗い部屋の中で座っていた。ボ~~と。こういうときは目まぐるしく頭が回転するよね。俺はコウタロウのことを考えてた。腑にに落ちない。俺がコウタロウと寝るってのはありえない。だってコウタロウだぞ!  コウタロウは10歳のときからの付き合いだ。小4のときにあいつがうちの隣に越してきた。かあちゃんに言われて朝コウタロウを迎えに行ったことをきっかけに、それから毎日のように一緒にいた。  あいつは小さい頃から可愛かった。今は170cmの俺よりデカくなってるけど(175、6cmくらいかな?)当時は女の子みたいだったし、こんな男がいるのかと、びっくりした。性格も穏やかで、がさつなところはまったくないし、いつもニコニコしてるかわいいコウタロウ。  12歳のとき、俺は担任の先生を好きになった。その先生を見るだけで幸せになれた、まあ、子供の初恋だ。問題は担任が男だったってこと。子供心におかしいと思った。12歳といえば、色々目覚めもあるわけで、こればっかりはコウタロウにも誰にも言えなかった。  14歳のとき好きになったのも先生だった。音楽の先生だったから、オタマジャクシを読めない俺なりにけっこう頑張ったりしたもんだ。  その日、俺は音楽室の窓からグランドを見ていた。北側の校舎にあるから涼しかったし、野球部の友達の家に泊まりに行く約束をしていて、そいつ待ちだった。カキ一ンと金属バットの音を聞きながら考えるのは好きな先生のこと。だって他に考えることなんてないだろ?  あまりにも妄想に浸っていたせいか(かなり健全な妄想だよ、いっとくけど)背後の人に気がつかなかったんだ。 「何が見えるんだ?野球部か?」  びっくりして振り向いたら、俺の恋の相手が楽譜を抱えて立っていた。人間びっくりしすぎると麻痺するもんなんだ、って思ったのを覚えてる。先生はピアノに楽譜を置くと、笑いながら俺のほっぺたをつまんだ。それだけだ、それだけだったんだけど。ほほを触れられて俺の中でカチリと音がした。  先生の顔が変わった。  先生は俺の両頬を包み込みながらキスをした。俺のファ一ストキス  今までもらったどんなプレゼントより嬉しかった。先生は俺の顔からまったく目を離さず、瞬きもしてないみたいに、それこそ穴のあくほど見つめていた。いつも知っている優しい先生の目とは違う色。その瞳の色と、どんどん深くなるキスで俺の腰はくだけた。  床にすわりこんだ俺の制服の前から先生の長い指がはいりこんでいた。あとから知ったけどピアノを弾く人の指はしなやかで力強いらしい。  自分でするのとはまったく異質な強い刺激に我を忘れた。僕は先生によって初めて他人から与えられる快感を知った。  先生はずっと俺の顔から目をそらさずに「俺の目を見るんだ」と静かに言った。俺はどんどん高まる快感をやり過ごそうとしたけど無理で我慢なんかできるはずもなく先生の手のなかに弾けさせた。  僕はもっと先があるんだと思って、それを期待して「せんせい」って呼んだんだ。  先生は正気に戻った「せんせい」って言葉で。  熱をおびた空気が冷めて、自分だけ衣服を乱して床に座り込んでいるのがバカみたいだった。あんなに俺を見てくれていた先生は、まったく俺を見ずに言った。『お前があんな顔するから』って。  さっきまで男の顔していた先生は真っ青だった。そりゃそうだ、教師が生徒にいかがわしい行為だからね。 『ここ鍵しめるから、お前は帰れ』そう言われて俺はけだるい身体で制服の乱れをなおして、出口に向かった。 『紀伊、誰にでもそんな顔するなよ。ごめんな、誰にも言わないでくれるとありがたい』  消え入りそうな先生の声を背中に聞きながら音楽室を出た。あんなに嬉しかった心は重くなっていた。あんな顔ってどんな顔だかさっぱりわからなかったし、なんだか先生は情けなかった。まるで俺のせいでそんなことになっちゃったみたいな言い方。  しぼんでいく恋心とは裏腹に身体は今の感覚を刻みこんだ。俺は人に、それも男にそうされて喜ぶ類の人間だったんだって。  だから自分が相手を抱きたいっていうより、抱かれたいって思う種類になったのかもな。 俺がネコなのは先生のせいだ。「魔性の三白眼」最初のケ一ス。  今は割り切ったけど、男にされて喜ぶ人間なんだっていうことを受け入れるまでしばらくかかった。  17歳のとき友達になったヤツがゲイだった。何故かわかったんだよね、お互いに。色々な話をして、俺一人じゃないってわかってようやく受け入れることができたんだ。  世の中ゲイビだってあるんだから「アンアン」言ってる男子の存在は知ってたけど、嘘っぽいじゃないか。現実に目の前にいる人間と共感できて、初めて安心したというか開き直った。それから俺は「魔性の三白眼」街道をまっしぐら。

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