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第65話
帰宅後、静まり返った部屋でソファに腰を下ろす。一人だとこんなに静かだったのかと、この二日間の事を思い出す。独りは慣れているはずなのに、どこか寂しい気持ちになるのは俺らしくない。涼介に電話しなくちゃ。俺はスマホを取り出すと涼介の番号に電話を掛ける。
「もしもし」
「おー聖夜どうした?」
相変わらず軽いノリだな。俺は構わず話を進める。
「一之瀬の事だけど」
「一之瀬? なんかあったか?」
なにかあってからじゃ遅いんだけどね。俺は説明が得意ではないので簡潔に話をした。
「俺はあいつをフォロー出来ない。仕事に関してもだ。だからお前頼むわ」
「フォローね、まあ立場上無理か。分かったよ任せとけ」
本当に大丈夫か? 本音はそう思う俺だが任せるしかない。
「用はそれだけ」
「それだけってお前、一之瀬とは上手く行ってるんだな?」
やっぱりその話をしてくるか。面倒だな……。でもいざとなったら味方になるなら話さない訳にもいかないか。
「お陰様で」
「そうか、良かったよお前にまた春が来て」
また春が来てか……もうそんなつもりなかったんだけどな。正直恋愛はもうしないそう決めていたはず。でも俺は一之瀬を選んでしまった。静まり返ったこの部屋が寂しいとさえ思うまでになっている。
「まあ長く続くかは分からないけどな」
「またそんな事、大丈夫だって」
大丈夫ね。そう言って今まで全てが駄目だった。今回だってわからない。一之瀬が俺に嫌気をさして逃げる可能性はゼロじゃない。
「だといいんだけどな」
俺はそう言うと小さな溜息を吐いた。涼介は全て知っている。今までの事……。俺が恋愛を捨てた意味も全部理解している。それなのにこいつは前向きだな。俺はどうしても前向きにはなれない。
「まあとにかく一之瀬の事は任せとけ」
「ああ宜しく頼む」
俺はそれだけ言って電話を切った。涼介は元々前向きで差別なんてするような人間じゃない事は分かっていたが、俺が男に走ったと分かっても驚くどころか応援する奴。どんだけだよ。少なくとも恋愛対象が男なのは一之瀬が初めてだ。もう少し驚いてもいいのにな。
まあいいけどな。頭おかしくなったかとか言われても困るだけだ。俺はソファに横たわると一之瀬の番号を眺める。さっき別れて電話とかウザいよな……。俺はそう思ってスマホをテーブルに置いた。
自分でも驚いている。男に本気になっている自分が。涼介が普通なのがおかしいくらいに。しかも部下。仕事は割り切っていたはずなのに。上手く行かないな。
「はぁ……」
後悔はしていない。ただ守り切れる自信があるかと問われればない。噂になればあっという間に広がるだろう。だからこそ仕事では今まで通りを貫かなくてはいけない。一之瀬はそれをどれだけ理解しているか。多分分かってないんだろうな。
俺はそんな事を考えながらこの二日間の事を思い浮かべる。子供じみた一之瀬。それでも可愛いとさえ思う俺は重症なのかもしれない。もしこの恋愛が終わるときが来たら俺はどうなっているのか。今は考えたくもない。
終わる事よりどう上手くやっていくか考えよう。俺は器用じゃないから喧嘩することもあるかもしれない。それでもどう乗り越えていくか考える。今はそれだけを考えよう。
仕事は厳しく今まで通り、プライベートは少し甘やかす感じで飴と鞭じゃないが使い分けていくしかない。後はタコスケがどこまでフォローしてくれるかだな。任せとけとは言われたけど、本当に大丈夫だろうか。
俺は不安になりつつも天井を仰いで目を瞑る。これから先の事が頭を巡っていく中俺はいつの間にか眠りに落ちた。
目が覚めた時には既に夕方。日は傾き始めていた。身体を起こしスマホを手に取ると誰からの連絡もない。俺は眠い目を擦ってその場から立ち上がる。スマホをポケットにしまい、一人夕食の準備を始めた。
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