チラリと聖夜の方を見ても、彼の視線はパソコンに向かっていた。やっぱりなんだか寂しい。二日間の聖夜は仕事の時との顔が違う。まだ耳に残っている湊と呼ぶ声。でも会社では目も合わない。雑務をこなしながら何度となく聖夜に視線が行ってしまう。聖夜はオレの存在など気にも留めず、難しい顔をしながらパソコンや企画書に目を通していた。 「はぁ……」 　ついつい出るのは溜息。頭では分かっているのに、自分が特別な存在って事がまるで夢を見ていたかのような感覚に落ちる。やらなきゃいけない仕事は山積みなのに集中できない。他の社員は皆自分のやるべき仕事に集中しているのに。オレは心ここにあらず。皆のタイピングの音だけが耳に届く。 　昼間でまだまだ時間がある。オレは自分の頬を叩くと気合いを入れ直してパソコンに向かった。午前中だけでも企画書を部長へと持っていく社員が次々。その半分は突き返され、残りの半分は手直しと云う現状。一発でOKをもらう人間は殆どいない。それでもオレみたいに全滅と云う奴はいない。 「……」 　早く昼休みにならないかな……。頭の片隅でそんな事を考えながら、何とか仕事をこなす。十時を回った頃、聖夜が席を立ち何処かへ行ってしまった。ピリッとした空気が少し緩和されたような感覚。何処へ行ったのだろうか。 「一之瀬」 　ボケっとしているとオレを呼ぶ声にハッとする。オレは声の主に視線を向けると課長がオレの方へ歩いてくる。 「なんですか？」 「仕事集中できないのか？」 　うっ……バレてる。自分ではやっていたつもりなのに。 「まあ、それより部長何処へ行ったんですか？」 　オレなに訊いているんだろうか。そう思いながらも姿が見えない恋人が気になる。 「あいつなら上層部と会議だよ」 　上層部と会議？　部長ともなるとそんな事もするのか。お偉いさんと会議だなんて訊いただけで疲れる。 「昼どうする？　何処か行きたい店はあるか？」 「行きたい店はないですけど、相談したいので出来れば静かなとこがいいんですけど」 　課長はなるほどと頷くとスマホを取り出して何かを検索し始めた。 「うーん、この店はどうだ？」 　課長がスマホを俺に向けると一言そう言った。 「お洒落ですね」 「値段もリーズナブルだし、静かな店だぞ？　まあ一回しか行った事ないけどな」 「課長にお任せします」 　オレは周りを気にしながら返事をすると課長はニコッと笑って返事をする。 「じゃあ昼休みな」 　課長はそう言うとポンと肩を叩いて自分の席へと戻って行った。聖夜がいないだけで社内の空気が変わる。さっきまで静かだったのにあちらこちらで会話が聞こえてくる。 「さて、仕事仕事」 　オレは自分に言い聞かせるように独り言を呟くと、中断していた仕事を再開させた。二時間程みっちり仕事をこなすと昼休み。聖夜の姿はどこにもない。 「一之瀬昼飯行くぞ」 「はい」 　オレは脱いでいた上着を着て、鞄片手に課長と一緒にランチへ向かう。課長が検索したお店はオフィスから五分程度の場所にあった。 「昼だから少し混んでるな」 「そうですね」 　オレ達は店員に窓際の席へと案内された。とりあえずメニューを開き、課長はステーキ。オレはハンバーグを注文した。