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第2話

白澤は、博識で博愛主義の神獣である。  両手に余るほどの愛を振りまき、まるで根無し草のようにふらふらと彼女たちの間を行き来する。  稀に本気になる女性が居たりすると、はっきりと遊びでしかないと告げ、きっぱりとフラれる。それは女性の扱い方の基本で、白澤から振るのではなく最低男を振ったと女性に思わせておく。そうすれば自分の頬は真っ赤に腫れるが、女性の心はこれ以上傷つかない。どうせ腫れた頬はすぐに元に戻るし、数分後には痛みも忘れてしまう。  そうやってつつがなく女遊びを楽しんできた白澤が、まさか男に組み敷かれる日が来るとは考えていなかった。しかも天敵であるはずの地獄の鬼に、こんな至近距離で見下ろされる日が来るなんて。 「あのさぁ、なんで僕が押し倒されてるの?」  鬼灯から愛を乞われた後、ほどよく酔いも覚めてしまい場所を変えた。  地獄の官吏の自室か花街にある馴染の見世か迷った結果、桃源郷の自分の店へと戻ってきた。  時刻はすっかり夜も更けた丑三つ時。桃太郎は寝ているし、物音を立てないように自室へ鬼を招き入れる。集合地獄からここまで、鬼灯は無言で後をついてきた。しかしいつもの能面がなんとなく迷子になった子供のそれに見えてしまい、白澤から手を繋いで桃源郷の夜道を歩いた。  鬼灯は握り返してもこなかったが、手を振り払おうともしなかった。  そうして白澤が部屋のベッドに腰を掛けた瞬間、鬼は馬乗りになってきた。白澤は無関心を装った表情の下に、獰猛な獣を垣間見た気がした。 「貴方、私を抱くつもりだったんですか?」 「いや、別に深くは考えてなかったけど……。お前、僕相手で勃つわけ?」 「心配には及びません。鬼は悪食ですので」  ふぅん、と生返事を返して、鬼の股間へ手を伸ばす。そこを緩く揉んでみれば、さすがの鬼も息を詰めた。  息を飲む鬼灯の表情が何となく面白くなって、もっと他の反応を見たくなる。しかし鬼灯にすかさず手首を掴まれ、阻まれてしまう。   「ねぇお前は愛される喜びを知りたいっていうけど――っちょ、」  鬼灯は間を置かずして、白衣を脱がしに掛かる。手際のよい仕草に多少焦りを見せるも、鬼は全く気にする様子がなかった。 「お喋りは後にしませんか、白澤さん」 「お前ねぇ、そんな早急だと女の子に嫌われちゃうよ?」 「閨で別の相手の存在を仄めかすのはマナー違反ですよ」 「まぁ、そうだけど、――って、ぁ!」  耳に鬼の吐息が掛かり、耳飾りが揺れる。鼓膜を震わす低い声音に、上擦った声が出た。  鬼は固く結んでいたはずの帯を解いて、紅襦袢の袂から素肌を見せた。  いつの間にか衣類は剥ぎ取られ、露になった上半身に鬼の手が這う。まるで反応を楽しむように這い回る手の感触がもどかしくてじれったい。 「ねぇ、だから、」 「なんですか」 「お前、僕を愛せるの?」    鬼灯は眉間の皺を濃くした後で、これ以上のお喋りは無用と言いたげに唇を塞いできた。女性の柔らかなそれとは違うかさついた感触に一瞬、目を見開く。口を開いたまま塞がれたせいで、温かい舌先が躊躇無く口内へ侵入した。 「んぅ、っ……ふ、」  女性と寝るときは、睦言を呟きながら口付けを交わす。常に自分が主導権を握るため、こうして誰かに翻弄されるのは久し振りだった。  柔らかな舌先が触れると、すかさずそれは絡み取られる。時折きつく吸い上げられるたびに、尖った鬼歯があたって刺激される。   「は、ぅ…っ、ぁ」  互いの吐息が混ざり合い、すべてを犯しつくすように鬼灯は舌を深くまで侵入させてくる。次第に酸欠も相まって頭の芯がぼんやりとしてきた。思わず脱ぎかけの黒衣の袖を掴んで、負けじと鬼灯の舌に噛み付いてやる。  反撃されたことに驚いたのか、長い接吻から解放されると鬼の口から銀糸の糸が垂れる。それを指先で拭った姿には、不覚にも劣情を煽られてしまった。 「はぁ、っ……いいよ、僕もソノ気になってきたみたいだし、ね」  扇情的な眼前の鬼を更に煽るように、自分の唇をぺろりと舐め上げた。 「……っあ、あ、っ、……つっ……!」  甲高い嬌声に混じって、互いの粘液が混ざり合う音が聞こえる。今、自分の中には鬼灯の猛りきった雄が、根元まで埋め込まれていた。しかもあろうことかベッドに両腕をついて、腰だけを上げさせられた体勢で、鬼灯は後ろから執拗に内壁を抉る。腰をがっちりと両手で掴まれているため、押し寄せてくる快感から逃げることもできない。 「ひっ、ぅ…、あぁっ、やっ」  内側を擦られるたびに、押し殺せない声が漏れる。数分前に鬼を煽った自分を酷く恨めしく思った。常人よりも太くて固いそれをねじ込まれるなんて、考えてもみなかった。白澤の中を埋め尽くした熱の塊に、何度も強く感じる部分を刺激される。  強引過ぎる行為に、頭の隅で鬼灯の相手をさせられる女性のことを考えた。 「考え事とは、余裕ですね」 「は、ちょ、――あぁっ! やめ、ばか、そこやっ……あぁ!」  思考を読み取ったように、鬼灯の律動が激しさを増す。幾度となく角度を変えられて、中を突き上げられた。   「ああっ、ひ、やだぁ……っ、」 「っ、きつい、」  鬼の短い舌打ちが聞こえた、と思えば、腰をぐるりと回転させられ無理矢理体勢を変えられる。同時に内壁を抉られて、背筋に甘い痺れが走った。  他人から与えられる快楽は強すぎて、目の前がちかちかと光る。 「ひぁあっ! な、にっ、――ふぁあっ、あ、」    唐突に体勢を変えられたことに文句を言おうとするも、覆いかぶさってきた鬼灯が胸の突起に噛み付いた。  腰が抜けるような感覚を覚えて、思わず鬼灯を締め上げる。息をつめた鬼の舌が鎖骨を舐め、そのまま耳朶に吸い付かれた。 「ふぁっ、あ、あぁっ」 「白澤、さん、」  妙に蟲惑な声音で、囁かれる。荒々しく腰を揺さぶられ、呼吸が上手く出来ない。互いの熱が溶け合って、どちらのものとも分からない汗が弾ける。だらしなく透明な液体を垂らし続ける自身は、もう数回達してしまっていた。 「あぁっ――おねが、ゆっく、り」 「無茶、言わないでください」 「なん、っ……ひぁあっ、ふ、ぅうん」  最初の口付けとは違う、噛み付くような接吻が施される。滑り込んできた舌が角度を変えて口内を犯す。腰を抱いていた鬼の手が絡み、激しい抽挿が繰り返された。  もはや誘われるままに自らも舌を絡ませ、懸命に酸素を追いかけた。 「ふぁ、ぅ、んんっ……はっ、ぁ」 「は、……白澤、さん」  快感に溶けきった脳内に、ぼんやりと響く鬼の声はどこか優しい。聞き間違いかと思考を巡らせてみても、もう何かを考えられる余裕は残っていなかった。  しかし名を呼ばれただけで、きゅっと腹の周りが疼きを増す。この感情がなんなのか、知らない。知らないけど、気持ちいい。情欲に塗れた身体は更なる悦楽を欲して、無意識に腰を揺らしていた。 「白澤さん、」  鬼はまた耳元で甘く囁く。熱を孕んだ声が体中に電流を流したような愉悦を呼び起こし、身体が震えた。  耳に届く嬌声と卑猥な水音に混じって、鬼が言葉を続ける。よく聞き取れない言葉の続きが知りたくて、掠れた声で問い掛けた。 「なに、…っ」 「あいして、おります」  低く囁かれた台詞は、突如身体ごと大きく突き上げられせいで意識に残らず霧散した。  柔らかく蕩けた内壁を鋭利な切っ先で何度も抉られ、甘い悲鳴が上がる。 「あっあっ、ああっ!!」    押しては返していた快感の波間が次第に短くなり、全身を支配していく。  かなりの深さまで貫かれたまま盛大に腰を回され、白澤の体は天に向かって仰け反った。過敏になった内側を鬼灯の熱がかき回し、喉が跳ね上がる。 「やっ、だめ、あ、あぁっ――……っ!!」  高みからまっさかさまに墜落していくような感覚に、内股が痙攣を起こした。ついで体内を流れた鬼の熱い奔流に身を震わせた。  余韻に浸る間もなく、硬直していた身体から力が抜けていく。  汗ばんだ掌が優しく頬を撫でる感覚に心地よさを覚えて、そのまままどろみの中へと意識は落ちていった。  意識を取り戻したとき、鬼灯の姿はどこにもなかった。  後のメールで仕事が入った、とだけ連絡は来ていたが、返事はしてない。特に身体を重ねたからといって、何かが変わったわけでもなかった。  それからも白澤はいつもと同じ日常を過ごしていた。花街で数多の女性に愛を撒いて、時折、鬼に愛を与える。  愛を与えるといっても、別段、変わった事はしない。ただ欲のままに肌を重ね、鬼灯から与えられる「あいしてる」の言葉に応えてやる。  鬼灯の欲を受け入れることが、愛を与えてることに相違ないと感じていた。甘い恋人のような語らいはしないが、醸し出す雰囲気はそれに酷似している。   「白澤様、また届いてましたよ、種」 「ああ。ありがとう、桃タローくん」  極楽満月の店内で開店作業に取り掛かっていた桃太郎が、小さな包みをカウンターにのせた。  小さな緑の葉に包まれたそれを開くと、ぱらぱらと数粒の種が落ちた。 「それ、毎日届いてますけど。誰からの贈り物かわかってるんですか?」 「まぁ、一応ね。けど確信がないからまだ内緒」 「はぁ、まぁ別にいいですけど」 「じゃあ、僕、これ裏に植えてくるから。お客さん来たら呼んでね」  小さな種を掌に握り締めて、後ろ手に桃太郎へ手を振った。  鬼灯と関係を持った翌日から、毎日欠かさず届けられる小包。小包の中には何かの種が入っていた。  毎回、種の形や大きさもまちまちなので、違う種類の植物だろうと予想がついていた。そして、贈り主にも検討がついている。  しかしどういった意図で、種が贈られてくるのかだけがわからなかった。  取り合えず、店の裏手に小さな花壇を作って、種を植える。一向に芽吹く気配はないが、この植物が芽吹いたときに贈り主の本心が知れる気がしていた。  新しく貰った種を花壇に植えて、水を遣る。じょうろから流れる水が、太陽の光に反射して美しい虹を描いていた。

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