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200mlの幸福量㊤

成人済み岩泉×高校生及川 岩泉ver. 「岩ちゃん。」 そう言って部屋の扉から除いたのは、学ラン姿の及川。 懐かしい母校の制服を着る、昔の俺みたいな高校生がいる。 「学校からそのまま来ちゃった。」 長いまつ毛を伏せ、無防備に笑い部屋に入る及川。 ー我慢出来ない そう思った時には手が及川の腕を掴んでいて、引き寄せて及川の唇に自分のそれを近づける。 「い、岩ちゃん。まって、んっ」 舌を及川の舌に潜り込ませ、舌先を吸う。ビクビクと震える背中に手を這わせ、服を捲り直に触る。 「やだやだ、岩ちゃん、ま、まって、ひぁっ」 キスだけでグズグズになっている及川なのに、やだやだと胸を押されるのが気に食わない。 「なに、触って欲しくないの。」 わざと声を低くし、怒っているように見せると視線をキョロキョロとさせて泣きそうにする。 どうしたらいいのかわからないような顔。 「わーったよ。さわんねーから、服着替えてこい。」 そう言うと、しゅんとして今度は悲しそうな顔で部屋を出ていく。 わけわかんねぇ。 二年前の夏、偶然行った海でバレーの合宿中とかで及川が来ていたのと、短期アルバイトで海の家で働いていた俺。 こいつと出会ったきっかけはそこだった。 女に囲まれて笑っていた及川が、年に似合わない顔をしていたから、イラついて引っ張り出したのが始まり。 手を引いていると、「何?あんた誰、ナンパ?女の子がよかったなぁ。」と嘘くさい笑顔で笑うから、そんな顔に「うぜぇ」と言った。 ピーチクパーチクうるさいやつで、名前を聞かれたから教えると、似合わないようなあだ名をつけられ、覚えたての単語を使うように何度も何度も繰り返す。 それはいつの間にか定着して、それ以外の名前で呼ぶこともない。 「岩ちゃん、好き。」 そう言われたのはそれから一年後の秋。 出会いの夏が終わっても、連絡先を交換して月に1度ほど会っていた。泣きながら「ごめん。」と言って、そのまま消えてしまいそうな儚さに、気づけば「俺も好きだ」と言っていた。 及川は俺のマンションの近くの高校に合格し、今は二階上に住んでいる。 「ねえ、新しい服買ってよ。」 再度現れたのは、ブカブカのパーカーを着た及川。 そういや松川から彼シャツやってみなよって言われたっけ。あん時はあほらしと思ったけど、確かにいいかもしれない。 しなやかな筋肉が見えて喉がなる。触りたい。 「及川、こっち。」 手招きをし、自分の胸の中に飛び込ませる。 「はぁ。フワフワだな。」 髪の毛をワシャワシャと撫でると、顔を真っ赤にする。 キスをしてと強請るような顔。 「ちょっ、んんっ」 だけど唇を近づけると逃げようとする。舌を入れると泣きそうに顔を歪める。 そんな及川が見てるのが辛くて、まだまともに手も出していない。 「照れてんじゃねーの?」 そういったのは松川で、相談事と言って呼び出した。 「年下の女の子は繊細よ?10歳も年上なら心に余裕がねえとか。」 ー女じゃねーけどな。 そう心で呟きながら考える。 確かに及川はひどく繊細だ。 構っても怒るし、構わなくても怒る。何をしてもいつも悲しそうにするのに、最初はいつも嬉しそうにする。 「そうか、飽きたとかなー。」 耳を引っ張り、「うそうそうそ、ごめんって。」と大声で謝る松川をやっと許し、店を出た。 松川の「飽きた」と言う声が脳でこだます。 本当に飽きたんだろうか。俺より女がいいのか? 悶々と考えながら二人でフラフラ歩いていると、前から及川が歩いてくる。 「あれ、及川だ。」 ヒラヒラと手を振ると、及川も気づいたようでこちらに駆け寄ってくる。 健気で可愛い。やっぱり飽きてなんかない。 そんな姿を見ていると、左腕を松川に小突かれる。 まゆを潜めながら松川の方を向くと、案外近くにあった顔に驚いた。 「アレ、相談してた子だろ。顔ニヤついてんぞ。んで、確かにありゃ面倒だわ。」 小さく耳元で囁かれ、少し身震いする。 「つーか、男かい。」 そう言っておでこにデコピンされ、松川は顔を離すとスタスタと帰ってしまった。 「なんだあいつ・・・」 後ろ姿を見るのをやめ、及川の方を向くと目には半分涙が溜まっていて、今にも溢れだしそうだった。 「は?及川?どうした。」 そんな問いかけにも答えず、急な変化に俺もどうすることも出来ない。それから限界だったのか、声をかけて数秒と持たずポロポロとアスファルトにシミを作っていった。 及川に答えるように雨も降ってきて、あたり一面が灰色に染まり始める。 「走んぞ。」 手を取り、急いで家まで戻る。近場だったから早く帰れものの、服や体はビショビショだ。 真っ赤な目でどこか大人しい及川を風呂に入れ、自分もサッとだが体を洗う。 暫く風呂の中でプクプクと浸かって口から空気を出していたが、話す気になったのか水面から顔を上げた。 「・・・岩ちゃん。覚えてる?俺達が初めてあった日、俺にジュースくれたの。」 「は?そうだっけ。」 「練習で疲れてて、そしたらラムネ買ってくれてさ。」 「ああ、そんなことあったな。」と、その言葉で思い出す。 それは女子の輪から連れ出した時に咄嗟に出た言い訳だった。どこに連れていくんだとうるさいから、「ラムネを奢ってやる」とか言ったっけ。 「あの瓶、まだ家にある。」 「は?いらんだろ。」 「水入れて毎日眺めてる。」 初めて聞いた不思議な話に笑いが溢れる。 何がしたいのか全くわからない。 「中の水がちょっとずつ蒸発してさ、なくなってくんの。」 「そんなの見て楽しいのか?」 「必需品ていうのかな。楽しいとかじゃなくて、時計みたいに毎日見るもの、俺の幸福量メーター。」 お湯の中で手を組み、水をこっちに飛ばしてくる。わざと目にかけてくる及川の頬をつまんで横に引っ張ると「いひゃい。」と言うから、可愛さに顔が緩んだ。 「人間1人あたりの幸福量って決まってるんだよ、岩ちゃん。」 「ばあちゃんの受けよりなんだけどね。」と付け足して、お風呂の水を今度は自分の顔にかける。 「俺にとってはあのラムネの200mlなの。幸せが毎日減ってるの見るとさ、なくなった時どうなるんだろうなって考える。」 「いや、水つぎ足せば?」 「そうじゃない!」とお風呂から立ち上がって不服そうにこちらを見る。 「このまま幸せが続いたら、水がなくなった時には岩ちゃんが死んだり、隕石が降って明日が来なかったり、俺と別れて別の人と付き合ったりしてるんだよ。」 なんだかよく分からないけど不安なのだろうか。 将来に、これからの未来に。 不安定な時期が俺にもあった気がする。 「200mlとかなんとか知らんけどさ、水入れるのめんどくさいなら俺が入れるから200mlでも400mlでも飲めばいいよ。」 「飲まないし、つぎ足すなんて無理だって。そんなの俺の幸福量変わっちゃうじゃん。」 「お前、めんどくさいな。それに俺はラムネより焼酎派だ。」 「あれなら多くて4ℓあるぞ。」と言うと「バカ。」と言われる。 「お前のがちょっとしかないなら分けてあげるから、何を不安がってんのかしんねーけどちゃんと信じろ、な?」 納得はしてなさそうだが、一緒に風呂の中に入り口付けると、初めて何も言われず小さな舌は素直に俺のを受け入れた。

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