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ご対面

 そういえば電話を切ってからコウタロウに何も連絡していなかった。松田と絢ちゃんのおかげで俺は気持ちが穏やかになったけど、コウタロウは違うよね。  着信もメールもなかったから(あっても昨日の酔っぱらいなら出た保証がない)心配になった。コウタロウの家に行こうかと思ったけど、まず家に帰って服を着替えたかった。俺実家から突発的にJRのったまんま。もちろんパンツも同じです。まずいよね人として。 「ただいま~」(癖でいってしまう) 「……おかえり」  えらい暗い声が聞こえます。コウタロウが床に転がってた。フカフカのラグを買うべきではないか?俺も松田も、おまけにコウタロウまで床に転がるとは。 「うわ!なんだよ、どうした?」 「さと、どうしたじゃないよ」  あれ?札幌帰ってもさとちゃんって呼ぼうかな~とかいってませんでしたっけ?なんてことは間違っても言えない雰囲気。 「こっちにいたんだ」 「うん。さとは松田のとこ?」 「うん。松田のとこ」 「困ると、いつも松田のところだね」  ええ~と。それはアナタもですよね?コウタロウさん。 「うん。あいつは助言というかさ、色々整理してくれるんだよ」 「そう。で?整理できた?」  むっくり起き上がったコウタロウはテーブルに頬杖をつきながら俺に言った。なんかその物言いがカチンときた。おいしい肉じゃがコロッケを食べていた時に箸が転がった瞬間が甦る。  真琴さんの笑顔と「その程度ならやめてくれる?」といった声。冷たくなったクロックムシュ。なにもかもが一気に俺に雪崩こんできて考えることなく言葉が出る。 「コウタロウが俺のことを信じてないってことだけは今回わかった」  予想以上に冷たい声だった。コウタロウの目の奥が揺れる。 「どういう意味?さと」 「どういう意味もこういう意味もないよ!俺がさ、どんな気分で実家に帰ったと思う?帰ったあとどんなに居心地悪かったかわかる?おまけにあんなこと真琴さんの前で言われてさ!俺にどうしてほしいのか、何で最初に言わないんだよ、コウタロウは!一緒に住みたいって言ってくれればさ、俺だって一生懸命考えたわけじゃん?だけどさ、何も言ってくれなくて、ってことはだよ?一緒に住んで見張ってないと、俺がどっかにフラフラしそうだと、そう思ってるんじゃない?たしかに以前の俺はそうだったけど、今一生懸命自分なりにコウタロウに向き合ってるつもりなのに。俺だけバカみたいじゃない?」  本当はもう少しちゃんと言うつもりだったのに、口をひらいたら考えることができなくなってそのまま言うことになってしまった。 「一緒にいたいんだよ、それに見張っていたい。これは正直な気持ちだよ。さとは今まで僕のことなんか知らないで、違う相手と一緒にいた。僕の腕の中にいるさとちゃんを知っちゃったんだよ!知らなかった頃なら対処できたけど、もう無理なの!どこかに行く前に縛りつけたくなる。でもそれは嫌だって言われそうだ。嫌ってことは僕のことを本当は好きじゃないのかもって考えちゃうんだよ!じゃあ、せめて顔を毎日みて、ご飯を作って、笑っているさとちゃんを見てたら、安心できるかもって。そんな単純な思いつきだったけど、思いついたら実行したくなって。でも言ったら嫌がられそうで、その堂々巡り。だからあんな風に切り出した。結果は悪いほうに転ぶってわかってたけど、何もしないよりは前に進めると思ったんだよ!」 「じゃあ、なんで最初に俺に言わないんだよ!おかしくないか?」 「じゃあ、なんでこんなに僕を不安にさせるんだよ!」  子どものころから一回も喧嘩をしたことのないのに……悲しいよ。俺はズルズルと床に沈みながら独り言のように呟いた。 「一緒にいたいって思う気持ちが沢山ありすぎると、喧嘩になるっておかしくない?一緒にいるために喧嘩がいるの?俺コウタロウと喧嘩するの嫌だよ。ものすごく悲しい」  ガシガシと頭を抱えたあと、コウタロウを見る。コウタロウはポロポロと泣いていた。 「うわ。ちょっと。おい!コウタロウ」 「子供みたいだってのはわかってる……でもね、さとちゃん……僕はさとちゃんがいないと困るんだ。わかってよ……」  そんな顔で泣きながら言わないでよ、コウタロウ。俺はいつもとは逆にコウタロウをすっぽり包み込んだ。 「俺も困るよ。笑っていてよ、いつもみたいにさ。おいしいご飯俺につくってくれよ。甘やかしてくれよ。コウタロウのためなら何でもできるし、頑張るから。だから泣かないで……お願い」  そう言いながら俺もちょびっと泣けた。 「ごめんな~もっと話しをすればよかったんだよね。俺も自分が弱くなってるような気がしてることとか、いっつも聞いてもらってばっかりなこととか、コウタロウのご飯を食べると幸せとか、俺がどんだけ真琴さんが好きだとか。母ちゃんにも父ちゃんにも俺がゲイだって言ってないこととか。兄貴にはバレてるような気がするとか」 「ん……」  腕にギュっと力を入れる。 「二人だったらきっとなんとかなるよね。だから二人でいるためにさ、もっとコウタロウと話しがしたいよ」 「ん……」  そのまま僕はずっとコウタロウを抱きしめていた。腕の中にいる温かさを教えてくれたコウタロウに今俺ができることはこれしか思いつかなかったから。  想う相手に包まれる幸せを少しでもコウタロウにわかってほしくて、泣きそうになるぐらい幸せを感じることを……コウタロウに……わかってほしくて。

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