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詩音の怒り⑥
頬に冷たいものが触れた。涙?
継が…震えて泣いている?
俺…俺のことを思って?
甘く狂おしい匂いを嗅ぎながら、俺はその震える背中をずっと撫でていた。
どのくらいだろう…隙間がないくらいに密着して抱き合っていた。
ふうっ と大きなため息をついた継が、そっと力を緩めて跪くと両手を取って俺を見つめた。
「どうやら君は、俺が思っている以上にじゃじゃ馬みたいだな。」
「じゃじゃ馬って!?」
「ただの大人しいΩじゃなさそうだ。
人の痛みに敏感で好奇心旺盛で、正義感が強過ぎる。
目を離したら、危ないことに自分から飛び込んでいきそうだ。
詩音…俺はお前なしではもう生きていけない。
お前は俺の命だ。
いや、それ以上の存在だ。
勝手なことはしないと約束してくれないか?
動く前に俺に絶対相談すること。
お前に何かあったら…俺は迷わず後を追うだろう。
詩音、愛してる。」
翳りのない黒い瞳が揺れている。
この美しい絶対的αを泣かせ跪かせる俺は…何の取り柄のないただのΩ。
でも継は、こんな俺を溢れんばかりの愛で包み込んでくれる。
出会う前から、出会ってからもっと強く香り続ける、甘く愛おしむようなこの匂いが、継の変わらぬ気持ち。
「…継、ごめんなさい…黙って行動しないから…一生側にいさせて下さい。
俺も、愛してます、継。」
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