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小さなすれ違い⑤
重苦しい車中の匂い…継はチラチラと俺を見ては、何か言おうとする。
俺は黙って窓の外に視線を預けたまま…身体も自然と継とは逆の方へ向いている。
無意識に継を拒絶していた。
店に着くと、満面笑顔の兄さんに迎えられた。
「いらっしゃい!お待ちしてましたよ!」
精一杯の作り笑顔で
「兄さん、お邪魔します。」
「お義兄さん、昨日はドタキャンで申し訳ありませんでした。
あれこれと注文をつけて申し訳ありません。お世話になりました。」
「いいんだよ!さあ、こちらへどうぞ。」
「ご希望のお品ができました。
ご確認をお願い致します。」
そっと差し出された紺のビロードのケース。
継が蓋を開くと、俺達が二人で選んだ、あの指輪が並んでいた。
シャンデリアの光を受けて、煌めくその指輪に見惚れていた。
「どうぞ、刻印もご確認の上、嵌めてみて下さい。
調整が必要ならすぐに手配しますから。」
「あぁ…思った通りに美しいですね。
刻印も…ええ、大丈夫です。
お義兄さん、ありがとうございます!
詩音、右手出して?」
小ぶりの指輪を取り出すと、俺の右手を持ち上げ、恭しく薬指に差し入れた。
途端に継のものになったという実感が湧いて、泣きそうになった。
吸い付くようにぴったりと収まった指輪は、俺の心と裏腹に美しく輝いていた。
「詩音、俺にも。」
左手を差し出す継は優しく微笑んでいる。
俺は残った指輪をそっと摘むと、継の左手を下から添えるように持ち、その薬指に差し入れた。
「ぴったりです!完璧ですよ!
詩音は?詩音はどうだい?」
「…はい、大丈夫です。」
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