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トラウマ⑥
「麻生田君、社長待ってるんだろ?
部長も帰っちゃったから、君も早く帰りなよ!
後で俺達が社長に睨まれるからな!」
あははっと豪快な声々に見送られて、遠慮なく社長室へと向かう。
コンコン
「どうぞ。」
そっとドアを開けると、継が帰り支度をして待っていた。
「詩音、遅いじゃないか。」
「ごめんなさい。でもまだ3分…むぐっ」
お仕置きだとキスされた。
「さあ、帰ろう。篠山さん、お先に。」
「はい。お疲れ様でした。」
笑いを堪える篠山さんを残し、継に引き摺られるようにして車に乗り込んだ。
「何怒ってるんだ?」
「だって。会社で。あんな…」
「かわいい顔するお前のせいだ。
キスとハグは許せと言ったじゃないか。」
ぷうっと膨れる俺にまたキスをして笑う継。
そんな何気ないやり取りに、擽ったさと愛おしさが溢れてくる。
「詩音…俺を煽るなって。抑え効かなくなるぞ。
このままカーセッ、ぶふっ」
両手で継の口を押さえ込んだ。
もごもご言いながら目を白黒させる継に
「煽ってませんっ!
それ以上仰るなら、歩いて帰りますっ。」
「そんな甘い匂いで誘っといて、何言ってんだよ。」
「『誘って』って…そんな、そんな言い方……
継のばかっ!」
叫んで車から飛び出した。
何だか腹が立ってきた。
『Ωだから誘ってる』暗にそう言われたような気がした。
頬に冷たいものが…あ、涙か…
それをぐいっと拭って足早に歩く。
しおーーん、待ってくれっ!しおーーん!
継の声が聞こえるけど、無視して歩き続ける。
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