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いざ温泉⑤
胸も足元もほんわりと温かい。
微かに懐かしい愛おしい匂いがしている。
泣きそうになって、ゆっくりと目を開けると、詩音がじっと俺を見ていた。
「お、おはよう、詩音。
もう、起きてたのか?」
「…はい。おはようございます。」
「もう少し…こうしていてもいいか?」
「…はい。」
ぎゅっと抱え込んで、頭を撫でる。
ほんの少し…詩音のいつもの匂いがした。
詩音!?匂いが…する…あぁ…詩音の匂いだ…
うれしいっ!!!
「詩音、愛してる!愛してるぞ!!」
うれしくて顔中にキスをする。
詩音は身じろぎもしない。
ただ俺をじっと見つめている。
???
そうか…焦っちゃダメなんだ。
落ち着け、落ち着け、俺。
「詩音、朝ご飯を食べようか。もう、準備ができてるはずだ。
それとも、露天風呂に入ろうか?」
「………………」
うーん。いつもなら迷わず露天風呂だが。
「詩音はお腹空いてないか?」
「…お腹空きました。」
「じゃあ、ご飯が先だ。おいで。」
引き寄せ、姫抱きにして別室へ連れて行った。
抱きかかえたまま、一口ずつ食べさせてやる。
幼子のように、親鳥が雛に与えるように、一口、一口。
昨夜よりも食べてくれている。
少しは俺に心を許し始めてくれているのだろうか?
「詩音、俺にも。」
一瞬戸惑いの表情を見せたが、詩音はゆっくりと箸を掴むと、大きく開けた俺の口にご飯を一口差し入れた。
「うん、美味い!」
満面笑顔の俺に、海苔を巻いた一口サイズのおにぎりもどきを続けて口に入れてきた。
「ありがとう、詩音。愛してるよ。」
照れたような顔をして、ふいっと横を向いた詩音から、またあの懐かしい芳しい匂いが…
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