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なくなった香りside:詩音④
ふと目を覚ますと、心地よい温もりに抱かれていた。
そっと腕を退かせ、その温もりから這い出してじっと顔を見た。
彫刻のように整った美しい顔が、何故か辛そうに見えた。
俺のせい?
一生、この夫 の側にいれると思ったのに。
愛して、愛してもらえると思ったのに。
そう思ったら、また泣けてきた。
音を立てないようにそっと部屋を抜け出して、洗面所に行く。
鏡には、目が腫れやつれた顔の俺が映っていた。
お前はΩだから。
αを誘うことしか考えない性だから。
どこからか聞こえる侮蔑の言葉。
頭を振ってキッチンへ辿り着くと、朝食と弁当の支度に取り掛かった。
「…ん、しおーん!」
俺を呼ぶ継の声が聞こえた。
起きてきた継に朝の挨拶と鼻先へのキスをされた。
「詩音、愛してるよ。」
え…「愛してる」って…
なぜ?
匂いがしないのに…なぜそんな言葉を?
弁当を見ながら「昼が楽しみだ」と言ってまたキスされた。
精一杯笑おうとするけど…笑えない。
朝ご飯も…膝の上に抱かれて食べさせられた。
食欲は湧かないけれど、いつもの半分の量は食べることができた。
その間も継は愛の言葉を俺に紡ぐ。
どうして?
出勤までの短い時間もなぜか継は俺を膝に抱き、新聞を読む。
頭を撫でられ口付けをされ、手を握られる。
匂いがしないのにこんなことされて落ち着かない。
車の中でもずっと手を握られていた。
『温泉に行こう』と誘われた。
最後の思い出の旅行?
継がいいなら…俺は…
やっぱり嫌だ。別れるなんてできない。
また…声もなくただ涙を流していた。
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