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なくなった香りside:詩音⑥

ため息をつきながらの作業は効率を欠き、やっとのことで定時に仕事を終えた。 重い足取りで向かう社長室への道のりは遠い。 意を決してノックして、そっと覗くと…なぜかうれしそうな継が帰り支度を済ませて待っていた。 はぁっ?今日から来週一杯休み? どうして? 意に沿わぬまま、継に急き立てられるようにして荷物を纏め、車に押し込まれた。 一般社員の俺が休んでばかりいることに抗議すると 『法律でちゃんと認められてるからいいんだ。』 『それは…俺がΩだから…ですよね…』 思わず口に出た。 それから…無言。 ほろりと涙が溢れてきた。 胸が、苦しい。潰れそうだ。 こんな状態で二人っきりなんて拷問だ。 早く帰りたい…でも帰っても行くところがない。 俺は一体どこに行けばいいんだろう。 継が色々何か話しかけてくるけれど、一言だけ返事して、それで会話が途切れてしまう。 戸惑う継の匂い。 ただぼんやりと窓の外を眺めていた。 着いたそこは…隠れ家?とでも思われるような庭の中にぽつんと建てられた侘びた建物。 中に入ってまた驚いた。 完全な日本家屋の佇まいで、それでもキングサイズのベッドや調度品は和洋折衷だけれど、全く違和感がない。 障子を開けると目にも鮮やかな緑の木々が夕日に照らされて美しい。 不思議な空間。何だかほっとする。 先にご飯にしようと言われ、膝に乗せられた。 子供のように一口ずつ口元に運ばれる。 恥ずかしいけれど…何だか、うれしい。 俺を見つめる継の眼差しが…優しい。 落ち着いた頃、お風呂に連れて行かれた。 ぴったりとくっ付き、逞しい腕に抱かれていると心地よくて嫌なことも全て忘れることができそう。 ふっ といつもの匂いがしたような気がした。 継の匂い!? うれしくて、鼻がツンとした…

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