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なくなった香りside:詩音⑦
ベッドに横たえられて、抱きしめられ『愛してる』とささやかれ眠りにつく。
辛い。
俺のこと嫌いなら優しくしないで。
静かに、ただ涙が溢れる。
今夜もまた、悲しみと不安を抱えながら暗闇に落ちていった。
少し差し込む明るさに、目が覚めた。
いつもの甘い匂いがなくなってからも、継は暇さえあれば俺を抱きしめキスをしてくる。
髪を撫でながら、頬を摩りながら
『愛してるよ』
と言い続ける。
俺を思う気持ちがないから匂いがしないのに、どうしてなんだろう。
今、継はぐっすりと眠っている。
俺のことを一番に考えてくれる愛おしい夫。
愛しています、心から。
あなたなしでは生きていられない。
でも、嫌われているのなら…身を引かなければ…
この番の印は一生消えない。例え番の解消をされても、命を落としても…憎んだりはしない。
あなたを愛しているから…
そうだ。
継の寝ている隙を見計らって、そっと検索してみた。
確か『番拒否症候群』って言ってた…
…これって…今の俺の状態と同じ…
匂いを感じない…負の感情のみ感じる…
ぴったりと当てはまる症状。
継が俺を嫌ってるのではない?
じゃあ、愛の言葉を囁き続ける継は…
あぁ…今までと変わらず本当に愛してくれてるの?
継…俺のこと…嫌いになったわけじゃないんだ…
よかった…涙がこぼれてきた。
と同時に、眠る継からふわりと微かな甘い匂いが…
え?
継の匂い!
いつもの、あの甘くて官能的な狂おしい匂いがする!
あぁ、継…眠っていても俺のことを…
思わずその胸に擦り寄った。
何度も胸一杯にその匂いを吸い込む。
微量だが、確かに継の匂い。
うれしくてずっと、微かな匂いを噛みしめるように身を寄せていた。
そっと胸から離れて、大好きな夫の顔を見つめる。
少し痩せた?
俺のせい?
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