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矛盾する想い④
何とか卒なく仕事をこなし、〆切の近い書類の提出を課内のみんなにハッパをかけて、その日の仕事を終えた。
いつものように社長室のドアをノックして「どうぞ」という声を待ってから、中へ入る。
纏う匂いが違う…何かあったの?
珍しく難しい顔をしていた継は、俺を見ると相好を崩して近寄り、俺を抱きしめた。
「継?」
瞬時にいつもの甘くて穏やかな匂いに包まれる。
「…詩音が足りなかった…」
甘えるように言われて、その大きな背中を摩りながら
「俺も…継が足りませんでしたよ。」
と答えると、俺の顔中にキスの雨を降らせるから、慌てて、ぐいぐい肩を押しのけて拒否する。
「継っ!会社!まだ会社ですからっ!」
継は残念そうにゆっくりと離れると
「もうすぐ終わるから待っててくれ。」
俺をソファーに座らせると、机上の書類を仕分けて、続きを始めた。
手持ち無沙汰な俺はじっとその様子を見ていたが、ふと篠山さんがいないのに気付いた。
終わってから聞こうと思って、パントリーを見遣ると、食器がそのままになっていた。
篠山さん、今日はお休みなのかも…と、継を待つ間に片付けて、ついでにゴミの始末もしているうちに、仕事が終わったようだった。
「あぁ、詩音、ありがとう。助かったよ。」
「いいえ、これくらい。
今日、篠山さんはお休みなのですか?」
「あぁ。風邪が悪化して体調を崩してしまったようだ。
あの人がいないと、こんなに何もかもが後手後手に回って、仕事が片付かないって実感したよ。
ゆっくり休んで早く良くなってもらわないと…というより、俺がもっとしっかりしなくちゃいけないんだよな…」
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