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嫁の自覚⑧
昼近くになって継からラ◯ンがきた。
『お昼はこっちに来てくれるかな?』
『ごめんなさい。行きません。』
すぐ既読になったが、それに対しての返信はなかった。
『行け ない』じゃなくて『行か ない』んだ。
一人でもぐもぐとお弁当を食べ始める。
味がしない。
とうとう箸が進まなくなった。
寂しい。
自分で断っておいて寂しがるなんて。
継の顔が見たい。
継に抱きしめてもらいたい。
継の匂いを嗅ぎたい。
継に名前を呼んでほしい。
継に…
ぽたり
手の甲に冷たいものが落ちた。
ぐすっ…ひとたび落ちた涙はもう止まらなくなった。
両手て顔を覆って泣き崩れる。
誰かが入ってきたらどうしようとか、電話が鳴ったら取らなくちゃとか、そんな考えもどこかへ飛んでしまっていた。
かちゃり
ドアが開く音にハッとして見上げると…
「…継…」
切なそうに眉を寄せて俺の方へ歩いてきた継は、俺の前に跪くと
「詩音がいないと喉を通らないんだ。
一緒に食べてくれないか?
今朝のことは…本当にごめん。
お前が勇気を出して自己否定の鎖を断ち切ってくれたのに、その気持ちも考えずに調子に乗った俺が悪かった。
許してくれるまで何度でも謝るから…」
涙腺が決壊した。
ばかって言ってごめんなさい。
大嫌いって言ってごめんなさい。
好き。
大好き。
継…
えぐえぐと泣く俺の涙を拭くと
「社長室へ行こうか。」
と、俺の弁当を持ち、手を引いて連れて行った。
二人きりの社長室。
お決まりのように抱っこされて、継の口元に箸を運び、俺もまた食べさせてもらった。
食べ終わるとぴったりと継にくっ付いて、その匂いを堪能する。
会話はなく、ただ寄り添い抱きしめ合って、お互いの匂いからその気持ちを受け止めていた。
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