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獣の躾⑧

トゲトゲしい雰囲気の車内。 継は何か言いかけては止めて、言い淀んでいるのが手に取るようにわかる。 それに気付いているが、あえて俺からは何も言わない。 甘い顔をすると纏わり付いて離れなくなるのは目に見えている。 許したわけではない。 昨日の行為もそうだが、簡単に仕事を放棄するのは絶対に許せない。俺までも巻き添えにして。 俺は怒りのオーラを纏わせたまま、真っ直ぐ前を向いている。 そうだ。 取り急ぎ篠山さんと中田部長にお詫びのメールを… それと肝心な伊織さんにも。 一分も経たずしてそれぞれ返信があった。 篠山さんと部長からは『気にしないように』と優しい文面が。 伊織さんからは、丁度会社に香川先生宛ての書類を届ける用事があるから、一緒に食事を…会えるのを楽しみにしてる、と。 香川先生は、出張でお出かけになるらしい。 こんなったら伊織さんに甘えてしまおう。 篠山さんにアリバイ工作のお願いのメールを送ると『無茶をなさらないように』と諭された。 『承知致しました』と返信して、ほっと一息入れ目を瞑る。 朝から怒りに我を忘れて大声を出して、今頃になって頭がガンガンしている。 こめかみをぐっと押さえて息を吐き『落ち着け、落ち着け』と心の中で、自分自身に言い聞かせる。 そうこうしているうちに会社へ到着した。 沈黙のエレベーターの中、やっと継が 「…詩音…」 と俺の名を呼んだ。 「あの…」 「今夜は遅くなるかもしれませんがご心配なく。 食事もいりません。今夜はお一人でお願いします。 それでは失礼致します。」 そう言い捨てて、自分のフロアで振り返りもせずに降りた。 背中に感じた悲痛な視線と匂い。 知らない。 社内のことは篠山さんにお任せだ。 さぁ、気持ちを切り替えて仕事だ、仕事。

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