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解放①

渋滞もなく、車は滑るように夜の街を走り続ける。 余りに悲し過ぎて封印してきた言葉が、あの場面が、長年の心の闇となっていたのだ。 それに気付かず、トラウマとなり、ちょっとしたことでも過敏に反応して、極端過ぎる自己否定になっていた。 継のお陰で…兄と義弘さんのお陰で、長い間俺を苦しめていた呪縛から解き放たれた。 母は、あんな言葉をずっと投げつけられて育ち、それが無意識に刷り込まれていたのだろう。 咄嗟に出たのが、だったのだ。 母もまた、被害者だったのだ。 『生まれてきてよかった』と、心から思う。 この(ひと)に出会えてよかった、幸せだ、と身体中が叫んでいる。 甘い匂いを漂わせた車内で、無言のまま指先を絡めていた。 言葉はいらなかった。 その温もりと撫で合う僅かな動きが、俺達の気持ちを伝え合っていた。 徐々に熱を帯びる指は、これから始まるであろう行為を予感し、微かに震えている。 継は、きっと気付いてる。 そっと横を伺い見ると…対向車のライトに照らされたその横顔は深い陰影を纏い、絵や彫刻に見る外国の古代神話の神々のような美しさだった。 「…そんなに見つめるな。このまま押し倒したくなる…」 手をぎゅっと握られ、羞恥で咄嗟に俯いた。 心臓がバクバクと跳ねている。 継から、ぶわりと放たれるフェロモンは、甘く優しい匂いがした。 手を振りほどくことも到底できずに、皮膚からも甘い匂いに侵されていく。 頭がぼんやりとして、ただただ、幸せに酔っていくようだ。 「詩音、これ以上煽るな。」 嗜めるように言われるが、どうにもならない。

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