420 / 829
解放①
渋滞もなく、車は滑るように夜の街を走り続ける。
余りに悲し過ぎて封印してきた言葉が、あの場面が、長年の心の闇となっていたのだ。
それに気付かず、トラウマとなり、ちょっとしたことでも過敏に反応して、極端過ぎる自己否定になっていた。
継のお陰で…兄と義弘さんのお陰で、長い間俺を苦しめていた呪縛から解き放たれた。
母は、あんな言葉をずっと投げつけられて育ち、それが無意識に刷り込まれていたのだろう。
咄嗟に出たのが、あの言葉だったのだ。
母もまた、被害者だったのだ。
『生まれてきてよかった』と、心から思う。
この男 に出会えてよかった、幸せだ、と身体中が叫んでいる。
甘い匂いを漂わせた車内で、無言のまま指先を絡めていた。
言葉はいらなかった。
その温もりと撫で合う僅かな動きが、俺達の気持ちを伝え合っていた。
徐々に熱を帯びる指は、これから始まるであろう行為を予感し、微かに震えている。
継は、きっと気付いてる。
そっと横を伺い見ると…対向車のライトに照らされたその横顔は深い陰影を纏い、絵や彫刻に見る外国の古代神話の神々のような美しさだった。
「…そんなに見つめるな。このまま押し倒したくなる…」
手をぎゅっと握られ、羞恥で咄嗟に俯いた。
心臓がバクバクと跳ねている。
継から、ぶわりと放たれるフェロモンは、甘く優しい匂いがした。
手を振りほどくことも到底できずに、皮膚からも甘い匂いに侵されていく。
頭がぼんやりとして、ただただ、幸せに酔っていくようだ。
「詩音、これ以上煽るな。」
嗜めるように言われるが、どうにもならない。
書籍の購入
ともだちにシェアしよう!