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疑念④
部屋へ入るなりベッドに倒れ込んだ。
ところが…
クローゼットから、あの匂いがしてきた。
身体はカッカと熱を帯びるのに、心の奥が冷えてくる。
布団を頭から被っても、布越しに忍び寄ってくる匂い。
このままここにいると、あのスーツを破って捨ててしまいたくなる。
どうしよう。
ここに、この部屋にいたくない。
しばらく我慢して、みんなが寝静まった頃にマンションに帰ろうか。
息を止めても苦しくなって深呼吸してしまう。
その度にあの匂いに苦しめられる。
嫌だ
嫌だ
嫌だ
俺以外の誰かと…そんなの嫌だ
助けて、誰か助けて。
お義母さん…一人で泣いちゃダメって…でも、どうしたらいいの?
「…詩音…熱はどうだ?吐き気はないのか?」
心配そうな継の声が聞こえた。
あの匂いと一緒に。
身動きできなくてただ震えて泣くだけの俺を継が布団越しに抱きしめてくる。
ぞわりと鳥肌が立った。
「……だ…」
「どうした?病院行くか?」
「…嫌だ…触らないで…」
「詩音?」
「触らないでっ!」
「…詩音?」
「誰かに触れた手で俺と仁に触らないでっ!」
「何言ってんの?誰にもそんなこと」
「出て行って!嫌だっ!」
「詩音…」
俺はガバッと起き上がり、ハンガーにかかったままのスーツを継に、ぐいぐい押し付けた。
継は目を白黒させて呆然としている。
そのスーツごと、継を部屋から追い出した。
がちゃっ
ドア越しに戸惑いと焦燥の匂いがしてくる。
俺はズルズルと背中をドアに滑らせて床に座り込むと、流れる涙を拭き取ることもできず、ひたすら泣いた。
しばらくして身体が冷えてきたのに気付き、這うようにベッドに行くと布団に潜り込んだ。
あちこちからあの継の匂いがしてきて…また泣いた。
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