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疑念⑤
その後、継は部屋に戻ってこなかった。
ホッとした反面、悲し過ぎてまた泣いた。
触れてほしくないくせに、抱きしめてほしい。
天邪鬼な俺。
仁…どうしてるんだろう。
胸も張ってきた。おっぱいあげなきゃならないのに、怠くて身体が動かない。
微かに仁の泣き声が聞こえたが、すぐに何も聞こえなくなった。
きっとお義母さんがミルクを作ってくれたんだろう。
何だか…頭もぼんやりして身体も熱い。
吐く息も荒くて熱を持っている。
ホントに熱が出てきちゃった!?
潰れそうな胸の痛みと、重くなってくる瞼に逆らえず、意識が離れかけていく。
トントン
遠慮がちなノックの音と「詩音君?」お義母さんの優しい声がしたような…気がした。
もうその時には意識は朦朧として、俺はお義母さんが何か叫び、どやどやと部屋の中へ入ってくる数人の足音を聞きながら、遠ざかる意識を引き戻そうとしたが、叶わなかった。
独特な消毒薬の匂い
右手に伝わる温もり
そして…俺の大好きなひとの匂い
ゆっくりと目を開けた。
アイボリーの壁と淡いグリーンのカーテンに仕切られた…病室?
右手には点滴の管と、俺の手をしっかり握っている継がいた。
何で病院にいるんだろう。
仁は?
今、何時?
もぞ、と少し身体を動かすと
「詩音!?気が付いたのか!?
あぁ…良かった…気分はどうだ?」
継に優しく頭を撫でられた。
…あの嫌な匂いは消えていた。
「俺、どうしてここに?
仁は?仁はどうしてるんですか?」
「凄い熱でさ。取り敢えず一晩様子見で泊まらせてもらったんだ。
いろんなことに頑張り過ぎて、疲れが溜まってたんだろうって。
ゆっくり休めば元気になるって。
…気付いてやれなくて、ごめんな。
仁はお袋が見てるから心配いらない。」
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