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熟年デート③

「ゆっくり…そう、大きく息を吐いて…吸って…うん、上手だよ…吸って…吐いて…」 パパの言う通りに深呼吸するうちに、落ち着いてきた。 「…もう、大丈夫。驚かせてごめんなさい…」 「…真澄、ごめん。病院行こう。 今日は…香川先生がいる日だから、念のために診てもらおう。」 「ううん。大丈夫。 …ちょっと思い出しちゃっただけだから… 俺の中でもう解決してることだと思ってたのに…」 パパは、無言で俺をぎゅうっと抱きしめた。 後悔と謝罪の色が雪崩れ込んでくる… パパ…そんなに自分を責めないで… ちゃんと俺を守って助けてくれたじゃないか。 それに、真理子さんとは最後ちゃんと分かり合えたから。 俺は、そう心の中でパパに話し掛けながら、その温かな大きな身体に包まれ、安心してうっとりと身を委ねていた。 ??? どうしたんだろう、パパの身体が震えている。 「パパ?」 心配になってそっと声を掛けた。 「…ます…み…くっ…ごめん…ごめんな…」 嗚咽を伴う掠れた声が聞こえてきた。 パパ!? まさか…泣いてる!? 声を掛けるのも躊躇われ、俺はその震える身体を抱き返す腕に力を込めた。 謝らないで。 泣かないで。 俺は、俺は大丈夫だから。 パパがずっと守って愛してくれたお陰で、こうやってちゃんとここにいるから。 「…ちょっと思い出しただけで、過呼吸になる程…心に傷を負わせてしまって… あれから…何年経っても消えない傷を… 俺なんかと番になったばっかりに、辛い思いをさせてしまった… 真澄、すまない…」 俺は、パパの両頬に手を添え、指先でそっと流れ落ちる涙を拭った。 そして、唇に触れるだけのキスをすると、にっこりと微笑んだ。

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