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熟年デート⑨

連れてこられたのは、大通りから一本脇に逸れた一角の日本料理店。 格子戸の玄関は看板も暖簾もなく、パッと見、外からではお店だとは気付かず通り過ぎるかもしれない。 ガイドブックにも乗らない一見さんお断りの高級店。 確かここの板長はパパの同級生だったはず…海外でも有名な腕前で、予約を取るのは至難の技だと聞いている。 きっちりと育て上げたお弟子さん達に暖簾分けして、彼らもまた名を馳せる各店の店主となっていた。 今ではお一人で店を切り盛りしてるはずだ。 一日ひと組しか受け付けないし、良い食材が手に入らなければ店を閉めてしまう。 そんなお店にここ数日の間で予約を入れるなんて… デートを決めてから、何か昔のネタで脅し…いや、友人のコネを使って、無理矢理予約を入れたのではないのか? 清パパさんのお店じゃなかったんだ。 てっきりあのお店だと思ってたんだけど…継と被るのがイヤで、ワザと予約しなかったんだろう。 がらがらがら 「おーい、無理言ってすまなかったな。」 やっぱり…ゴリ押ししたんだ… 「おっ、麻生田!いらっしゃいませ。 奥方殿もご機嫌麗しゅう。 さ、どうぞどうぞ。」 「主人が無理を申しまして、大変申し訳ありませんでした。」 「何の何の! コイツには昔から頭が上がらなくてね。ははっ。 さーて…今日はいいモノが手に入りましてね。 楽しんでいただけると思いますよ。」 勝手知ったる他人の店。 パパは俺からジャケットを受け取りポールハンガーに掛けてくれた。 「真澄は何を飲む?ここは何でも揃ってるから、好きなのを頼めばいい。」 ドリンクのメニューを見せてくれたパパは 「俺、いつもの!」 「えーっと…これにしようかな…『花笑み』をお願いします。」 「はい、承知しました。」 間を置かず置かれたおしぼりは温かくて気持ちいい。

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