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熟年デート⑩

久し振りで物珍しくてキョロキョロするが、清潔感漂う店内は、余計な調度品など一切なく、真面目で頑固一徹そうな主人を表しているようだった。 「どうぞ」 「うわぁ、綺麗!」 先付から美しい盛り付け。 漆塗りの黒丸盆に形の違う三種の器、それぞれに色鮮やかな料理が品良く盛られ、小さな紫色の紫陽花が添えられている。 夏先取り!何だかうれしくなってきた。 程なく注文したお酒が提供され、パパが注いでくれた。 薄い乳白色の盃は、手にしっくり馴染む曲線を描き、器一つにもこだわっているのが見て取れる。 「真澄、いつも俺達のために心配りありがとう。 お前がいるから俺達は心配なく頑張ってこれるんだ。 甘えっ放しだけど、これからもよろしくな。」 「…いいえ、こちらこそ。 至りませんがどうぞよろしくお願いします。」 見つめ合って、乾杯の意を示し、ひと口。 「パパ、これ美味しい!」 まったりと濃厚に舌に纏わり付いた後、すっと喉に落ちていく。嫌味な後味が全くない、不思議な日本酒だ。 その後、鼻に抜けるのは微かに甘い花の香り。 まさに名前の通り『花が笑う』ようだ。 「美味しい!」 微笑むパパから大将へ目を移すと、してやったりの笑顔。 「奥方殿、飲み過ぎにお気を付け下さいね。 さ、酔いが進まないように…今から飛びっきりの料理をお出ししていきますからね。」 …言葉通り、次々に出される旬の素材に彩られた料理と器達に舌も目も存分に潤い、パパと、そして合いの手を入れてくる大将との会話も弾み、気が付けば最後の水菓子が出されていた。 白磁に藍色の小ぶりの器に、あまおうのシャーベット。 「美味しーいっ! この器もかわいいんですね。」 「それはね、砥部焼って言って、別名『喧嘩器』。 夫婦喧嘩で投げても割れないって言われるくらいに丈夫なんですよ。 おあとがよろしいようで。」

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