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芽生え①

約束の一カ月が終了して、右京さんのライフワークが変わった。 お義兄さんにお願いした通り、通常週3日の午前中のみ。 クリスマス、お彼岸やお盆、年末とかのイベントごとで忙しい時や、右京さんご指名で予約が入った時は『絶対に無理をしない』前提で残業することになった。 優君の保育園は、同じ系列のうちの近所に新しくできた所に転園となった。 職場の近くだと、一度家に帰ってまたお迎えに出直さなくてはならなくて不便だったのだ。 いつの間にかお義兄さんが、例の悪友の理事長さんに掛け合ったらしく、右京さんは 「優がせっかく慣れてきたとこだったのに。」 とボヤいてはいたが、お義兄さんの決定事項には意を唱えなかった。 このルーティンのほうが今の右京さんに合っていたのか、目の下にクマを作ることも、帰宅した途端倒れこむようなこともなくなった。 何よりもお義兄さんとより一層仲良くなったような気がして、俺もうれしい。 そんな穏やかな時間が続いていたある日の午後。 仁のお昼寝タイムに突入し、いつものようにお義母さんとお茶をしていると、ふわりと嗅ぎ慣れない匂いがした。 ??? でも、はっきりと『ココニイルヨ』と主張しているような… ハッとしてお腹に目をやった。 まさか。まさか。 ふわふわと漂ってくるその匂いは、紛れもなく…思わずお腹にそっと両手を当てた。 「詩音君?」 動揺する俺に気付いたお義母さんが、声を掛けてきた。 「…お義母さん…」 俺を見て、視線をお腹にやったお義母さんは 「詩音君、おめでとう! うん、ちゃんと『いる』よ。キラキラしてる。 香川先生のとこ行かなくちゃね。 今日は…休診日か…明日!明日朝イチで行こう!」 とうれしそうに俺の頭をなで、俺の両手の上に手を重ねて言った。 「ようこそ、麻生田家へ!」

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