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憂慮④

やっとお義兄さんが口を開いた。 「…親父、遺産分与なんてどうでもいい。 それ本当なのか?誤診じゃないのか?…香川先生から聞いたのか?」 その声は掠れていた。 お義父さんは乾いた笑いを浮かべて 「俺の診察が終わって部屋を出ようとしたら、看護師と話しているのが聞こえたんだ。 『これはマズイな…胃癌の末期で後二カ月か。 真澄さんに何て言って伝えたらいいんだろう。 もうすぐ家族も増えるというのに、残念でならないよ。』 『もう手術もできないなんて…鎮痛剤で痛みを散らしながら…ですよね。 ホスピスか在宅か…ご家族とも相談しないと。』 『そうだね。きちんとした結果が出たらすぐに連絡するよ』 って。だからさ、間違いないんだよ。」 「でも親父、食事の量も変わらないし、痩せてないじゃないか!」 継が叫ぶように言う。 「これまでは、な。 後二カ月、どうなっていくか分からないよ。」 「お義母さん…お義母さんは!?」 「さっき話した…部屋にいるよ。」 「ダメっ!一人にしちゃダメ! 詩音君、お義母さんのとこに行くよっ!」 俺は右京さんに手を引っ張られて、お義母さんの元へ。 「お義母さん、泣いてる!『泣くときは一人じゃダメ』って…」 コンコン 「「お義母さんっ!!」」 返事を待たずにドアを開けた。 フットライトの明かりを頼りに姿を探す。 …ベッドにもたれかかるように床に座り込んで声も出さずに泣いて… 右京さんが駆け寄り肩を揺さぶる。 「お義母さんっ!しっかりっ!」 顔中涙に濡れたお義母さんは 「う、きょう、くん…しお…くん、パパが…パパがっ…」 やっと声を絞り出し、右京さんに縋ってまた泣き始めた。 俺達は無言で抱き合って、ただ泣くしかなかった。

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