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憂慮⑥
side:慎也
潤が素っ頓狂な声を上げ、ちろんと俺を見た。
目が釣り上がり眉間にシワが寄っている。
マイクモードにしたのか、香川先生の呑気な声が響いた。
『潤君、何言ってんの?』
「だーかーらー、もう一度お聞きしますけど、うちの親父、余命二カ月の胃癌じゃないんですか?
本人が診察室出る前に、先生と看護師さんが話してるの聞いたって言ってるんですが。」
『え?診察室出る前?…えーっと……
あっ、思い出したっ!
うちの看護師のハスミさんの大爺ちゃんのことだっ!』
「「「ハスミさんっ!?」」」
『そうそう。ハ・ス・ミさん!
花の“蓮”に“見”る、で蓮見さん!
九十六才のおじいちゃんがもう危なくてね…どうするか検討してるとこなんだよ。
年も年だし。
で?その蓮見さんがどうかしたの?』
「…ちょっと待って下さい…整理すると、先生達は“看護師の蓮見さんのおじいちゃん”の話をしていた。それを親父が耳にして、ハスミさんをマスミさんに聞き違え、自分のことだと勘違いした…
ってことですよね?間違いないですよね?」
『うーん、纏めるとどうやらそうらしいね。
個人情報を迂闊に話してた俺達も悪いんだけど…』
「親父、ほんっとにどこも悪いとこないんですか?あちこち痛いって…」
『なーに言ってんの!あんな状態でどこか悪いなんて、病気の人達に失礼だよ!
強いて言うなら…食べ過ぎと、加齢によるEDに気を付けてねーってことくらいかな。
あ、薬が必要なら処方するよ!
あはははっ!』
何だって!?
俺は潤から携帯を引ったくった。
「香川先生っ!
あんた、確かにそう言ったじゃないかっ!」
『おや、慎也さん。
俺、検査の後ちゃんと説明しましたよね?“どこも異常ありません”って。
その痛みは“ただの胃炎”ですと。
どこをどうやって聞いたらそんな話になるんですか?
耳鼻科紹介しましょうか?』
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