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回想⑧
呆気にとられて口が塞がらない。
二人は夫夫で、柏木さんは産休に入るから来月までしかいない!?
「えーっと…今、何カ月なんですか?」
間の抜けた質問が口から飛び出した。
「あはっ、そこ!?あんまり目立たないんだけど…今 七カ月だよ。安定期だから心配しないでね。
じっくり時間を掛けて教えてあげたいんだけど…こんな事情でさ、駆け足で叩き込むから覚悟してね。
でも、君なら大丈夫だよ。」
ぱちんとウインクをして柏木さんが笑った。
これはエライことになった。入社初日でこんなことになるなんて。
悠長なことしてられない。いきなりのプレッシャー…
「うっ…頑張りますっ」
「気負わなくていいから。マニュアルも作ってあるし、電話くれれば教えるから。
うちのメンバーは何でも自分で出来る人達なんだけど…部長を筆頭にみんな甘えたさんだから…」
そう言って中田部長を見つめる柏木さんの目がとても優しくて。
そして、柏木さんを見つめ返す中田部長の慈しむような顔がすっと近寄ったかと思うと、唇にちゅっとキスをした。
「まっ、正隆っ!?ばかっ!ここ会社だよっ!?」
「誰も見てない。…かわいすぎるお前が悪い。」
いや、目の前に俺がいるんですけど。
バッチリ見ちゃったんですけど。
二人のラブラブ振りに当てられた俺は、真っ赤な顔でこう言うしかなかった。
「…ご馳走様でした…」
そうして柏木さんの産休まで、ばっちりきっちりと叩き込まれた俺は、忙しいながらも充実した毎日を送っていた。
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