16 / 829
惹かれ合う番①
業務にもやっと慣れてきて少し余裕が出始めた頃、おめでたいニュースが飛び込んできた。
柏木さん…いや、中田さんが無事に出産したのだ。
男の子で…αだそうだ。
中田部長の崩れっぷりは半端なくて、暇さえあれば携帯の待ち受け画面を眺めては
「かわいいでちゅねー。パパも早くお家に帰りたいでちゅ。早退しよっかなー。」
等々独り言を呟いている。すっかりアブナイ人だ。
そんな部長の尻を叩いては、先輩達が慌ただしく連れ出していく。
落ち着いたらお祝いに行こう。
何がいいのかな。選ぶのも楽しいな。
ワクワクしながらパソコンに向かった時、何処からか一際甘い香りがした。
この香り…
ずくんと脳髄に衝撃が走った。
え?何これ?
熱とともに、ぶわっとフェロモンが噴き出すのがわかる。
マズい。薬をっ!
慌てて噛み砕く勢いで飲み干した。
よろよろと窓に辿り着き、空気を入れ替える。
発情期?こんなに酷いのは初めてだ。怖い…
しばらくすると治まってきた。
歩けるようになり急いで休暇申請を準備する。
取り急ぎメールで、部長に申請の件を送った。
すぐに返信があり、仕事のことは気にしないですぐ早退するようにと指示があった。
申し訳ない気持ちに苛まれながらも、何か過ちを起こす前に対処しなければとその思いの方が強かった。
それにしても、あの香りは…社内の誰とも違う。
とにかく香川先生のとこに行こう…
医務室に向かう途中でも、あちこちで『あの香り』が残っていて、時々フラつきながらもやっとの思いで辿り着いた。
書籍の購入
ともだちにシェアしよう!