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もどかしい想い④
なんだ…そうか、そうか… と呟く声が聞こえ
「彼は今、一週間休暇に入ってるよ。突然やってきた『定期外』の発情期のために。
その意味…わかるかい?
番に出会う…ってことは、どういうことだかわかるよね?
来週には出勤できるはずだよ。」
「はい。…きちんと…理解してます。
出会ってしまったら何があろうと離れられない。その一生を 責任感だけでなくたっぷりの愛情を持って添い遂げること…先生の教えの通りに。」
「ははっ。流石に優秀なαだな。
…彼は初めてのこの状況にとても戸惑っている。
スーパーΩとして生まれた時から国から管理され、周囲のマイナスの視線に晒され続けて…表面には出さないが自己否定の感情に雁字搦めになっている。
君しか愛せないし救えないよ。
重くない?」
揶揄いを含めたいつもの言い方。
「俺なら大丈夫です。一生でろでろに甘やかせてやりますよ。
そして…『生まれてきてよかった』と言わせてみせます。」
「おー、頼もしい。俺もできる限りのことはするよ。
出社したら詳しいことを話し合おう。」
「ありがとうございます。お忙しい中申し訳ありませんでした。
失礼致します。」
電話を切って…安堵感に満たされる。
「橋下詩音…」
やっと見つけた番の名前を呼んでみた。
よかった。やはり彼だったんだ。
書類の写真の彼は、真っ直ぐで透き通った…それでいてどこか達観した目をしていた。
あれは『一人で生きていく』ことを決意した目だったのか。
並み居る応募者の中から、親父が採用したのもわかる気がする。
大きな瞳。
薄く品の良い唇。
シャープな顔立ちはモデルのような小ささで。
はっきり言って美人。
「詩音…」
写真をなぞり、名を呼ぶだけで身体が火照る。
来週には会える。
それまでにできることは何でもしておこう。
とりあえず、篠山さんに叩いたビッグマウスの責任を取らなければ。
あの実直な秘書をもう泣かすわけにはいかないからな。
俺は目の前に積まれたファイルを一ページ目からめくり始めた。
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