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第2話 (3)
***
山の丘に建てられている学校の坂道を下ると、ショッピングモールや飲食店も並び、ビルも目立って景色ががらりと変わる。
志津は緊張しつつ、隣に並んで歩く総司を見た。指通りが良さそうな黒髪に黒い瞳。鼻筋も高く背格好は凛としている。
髪の毛も明るく染めてワイシャツの裾もズボンから出し、ブレザーの制服を着崩して着ている自分とは随分と不釣り合いではないだろうか。
その差が居心地悪く思えた。
だが、ここで告白は間違いだったと本当の事を言って謝ってしまえば、すぐ終わること。
なんてことはない、と先ほどまで意気込んでいたが、いざ本人を目の前にすると付き合ってくれている総司に罪悪感が生まれてしまい、なかなか切り出せないでいた。
(喧嘩とかなら思ったままに行動に移せるけど、言葉にするとなると難しいな・・・・・・)
考える事が苦手な志津が眉間に深く皺を寄せていると、総司が口を開いた。
「小泉志津くん?君みたいに学校でも悪目立ちしている人から告白されるなんて思わなかったよ」
「俺のこと、・・・・・・知ってるんすか?」
「俺、これでも学級委員やっているから職員室に行く機会も多くてね。不良で手に負えないって先生達が嘆いているのを聞いたことあるから」
「まじっすか・・・・・・」
悪いイメージの認識はあるようだ。だったら、お互いの為にもこのまま付き合うことを止めようと言えば・・・・・・、と切り口を開こうとした。
「君のことは良く知らないけど、好意を持たれるのは嬉しいことだし、これから知って行けばいいかなって思って。小泉くん?違うな・・・・・・」
「へ・・・・・・?」
志津はぐいっと腕を引っ張られ、その反動でそのまま総司の胸元にすっぽりと収まってしまった。
「志津って呼んでもいいかな?」
頭上で下の名前で呼ばれ、髪の毛に掛かった吐息にゾクッとした。総司の胸元に顔が擦りついて昨日と同じ甘い華の香りに酔いそうになりつつ、恥ずかしい気持ちも込み上がる。
「あのっ、う、腕・・・・・・」
「ごめんごめん。自転車にぶつかりそうだったから、咄嗟に掴んじゃった」
そう言い切ると、後方から白髪のじいさんが乗った自転車が過ぎ走った。ふらふらとした走行で、危なっかしく見える。
歳なんだから気を付けろよ!、と思いっきり文句のひとつでも言ってやりたかったが、気持ちの余裕が無かった。
(男が男に守ってもらうなんて、情ねー・・・・・・)
「ありがとう・・・・・・ございます」
志津は、総司から距離を置いて礼を言う。
「どういたしまして。怪我したりしたら大変だからね。俺のことは、総司って呼んでいいよ」
「えっ!?いや、それはハードル高いっつーか・・・・・・せめて、先輩はつけさせて下さい」
「ふふ、分かったよ。君のこと、色々教えてね。改めて、よろしく」
総司は眼鏡越しの目を細めて笑顔を向けた。よろしく、なんて言われたら、ますます言い出しにくくなってしまったではないか。
それ以前に、男と付き合うことに抵抗はないのだろうか。
「あっ!」
突然、総司が嬉しそうな声を上げた。
総司が歩き出した先を目で追うと、そこにはゲームセンターがあった。入口付近にクレーンゲーム機が並んでいる。
「志津、見て。俺、このウサギのシリーズ好きなんだ」
ガラス張りの中に並べられているぬいぐるみをよく見ると、メモ用紙に描かれていた柄のウサギと一緒だ。
両手サイズでピンク色の毛並みがもふもふとしていて海賊が付けるような眼帯をしている。
これが総司のお気に入りのキャラクターなのかと思うと、可笑しく思えてきた。
「取ってあげますよ」
志津は尻ポケットに入れていた二つ折りの黒革の財布の中から百円玉を取り出し、二枚入れる。
クレーンゲームは、お菓子や玩具を欲しいとねだる弟達の為に取ってあげたりしていたので得意だった。
(この手のタイプは、タグの所に手前からアームを上手く引っ掛けてっと・・・・・・)
ウサギが宙に浮く。
隣で総司が息を呑むように見守る中、志津は一発で景品のウサギを取り出し口まで落とした。
「はい、先輩。さっき自転車にぶつかりそうになった所を助けれてくれたお礼に・・・・・・」
志津はウサギのぬいぐるみを総司に差し出す。
喜んで貰えたらと思って咄嗟に取った行動だが、お礼と言えば渡しやすいと思った。見た目以上に、手触りがもふもふとしている。
「うわ~!すごい!すごいよ、志津!ありがとう!大事にするね!」
総司は余程嬉しかったのか、頬でぬいぐるみをスリスリとさせた。志津は、その仕草に我慢出来ず、笑い出した。
「あははは!もう、無理!先輩とそのウサギの組み合わせ似合わねー!」
志津は敬語もなにもすっぱ抜かして、本音をぶちまけた。
「・・・・・・幻滅した?」
「いや、見た目に寄らず可愛い・・・・・・あ。先輩に可愛いっておかしいっすよね」
志津は調子に乗りすぎた、と冷静さを取り戻した。自分も可愛いと言われて嬉しいと思ったことはない。
「ふふふ、そんなことないよ。思った事をそのまま言ってくれてありがとう。あ、先輩呼びの代わりに今みたいに敬語はなしで。付き合っているのに気を遣われるのもちょっとね。だから、お願い」
じっと目を見つめてお願いをされたら視線が逸らせない。目力を感じる黒い瞳に、吸い込まれそうになる。
「でも、俺・・・・・・先輩の方が年上だし敬語はちゃんと使うべきかなって考えでいますから」
昨日初めて話すようになったばかりで、これもこれでハードルが高い。少々素行が悪くても、年上に敬語を使うことぐらい分かっている。
拒む意味でも目を逸らすと、志津は総司の細長い指で顎をクイッと上げられた。
「敬語使ったらその口、キスして塞ぐよ」
「・・・・・・え!?」
顔が沸騰したお湯のように、ぼっと熱くなる。突然何を言っているのだと、志津は口をぱくぱくとさせた。
「どうする?」
追い打ちをかけるように額に額をこつんとさせた。総司のさらさらとした髪の毛が、志津の目に掛かる。
(俺と、先輩がキス・・・・・・!?)
本当にされてしまいそうな距離。通り掛かる人達からの不思議そうに見られる視線からも逃れたくて、志津は
「敬語遣うのやめます・・・・・・、あ、違っ、やめる!やめるから!」
と全力で言い切った。
(こんな状況作り出して、卑怯だろ・・・・・・!)
顔は熱く、心臓はドキドキと鳴りっぱなしである。
男同士でキスするのも想像がつかないが、どんな手段を使ってでもやめさせたかったのだろうと総司の策略にまんまと乗せられた事に気付き、志津は肩を落とした。
総司は満足そうな笑みを浮かべて、塾のある方向へと歩き出したのだった。
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