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7僕が絶対守るから
「い、伊織っ……もう、しなくていいからぁ……早くっ……」
「まだだよ、優しくするって決めたんだから……もっと解れてからじゃないと……」
伊織は俺の言葉を聞こうともせず、俺の後ろに指を入れ、そこを溶かすようにゆるゆると愛撫し続けた。
されている時の、身体の奥がじんじんともどかしく疼く感覚は感じたことがなかった。真剣に愛されているのが伝わって、嬉しくなる。今まで俺は、どれだけ適当な前戯を受けていたんだろう。
伊織のそれはもう苦しそうなんだから、早く挿れてくれて構わないのに。そう思ったが、それを言うと伊織は確実にまた怒る。自分の身体をもっと大事にしろ、と。
その甘い刺激に溺れかけた頃、ようやく伊織は指をゆっくり抜いた。あんまりしつこくても嫌だよね、と言いながら。それから俺の顔色を伺うように、柔らかく問いかけた。
「もう挿れて大丈夫?」
「いいよっ……早く、きて……」
すると伊織は軽く俺の髪にキスをして、挿れるよ、と囁いてゆっくり腰を沈めようとした。
俺はもちろん受け入れる気だったし、いつでも大丈夫なはずだった。けれど――昼間に会ったせいだろうか、伊織のが少し入った時、突如あのお父さんの顔がフラッシュバックして、呼吸が止まった。
独り善がりの痛くて苦しくて辛いだけのセックス。あの人のそれと伊織のとは真逆なのに、頭の中が一瞬にして昔の記憶で支配されてしまう。顔が青ざめて、手が震えそうになる。
トラウマとは呪いだ。何年も経ってようやく幸せになろうとしているのに、いきなり幸せな気持ちを一瞬で吹き飛ばしてしまうんだから。
「……今日はやめておく?」
伊織は俺の表情を見ると、優しく聞きながら、そろそろと抜いた。それから俺を軽く抱きしめて「ごめんね」と呟いた。「無理させちゃったかも、ごめんね」
「ちがっ……伊織、違うから」
自分から誘っておきながら、いざとなったら昔を思い出してできなくなるなんて、情けない。期待させておいて一番いいところで終わりにするなんて、伊織に申し訳ない。
けれど伊織は、安心させるように微笑んで、ぽんぽんと俺の頭を撫でた。
「僕に気を遣わなくていいって言ったでしょ? 僕は大丈夫。それより僕は、君に嫌な思いをさせたくない」
「違うんだって、伊織、俺はっ――」
ふっと抱きしめる腕を緩めた伊織を、俺は慌てて止めた。
「俺、その、一瞬あのお父さんのことが頭をよぎって、辛くなっただけ。もう大丈夫だから……それに、今できなかったら一生できない気がする」
お金のやりとりがある行為だったら演じることができたせいか、ほとんどお父さんのことが浮かぶことはなかった。だけど伊織とは、もちろんそれがない。
それもあって、思い出してしまったのかもしれない。だとしたら、いつやってもきっと同じだ。
「だったら、一生しなくていいよ。トラウマを抉ってまですることじゃないから。君が辛い思いをするくらいだったら、ずっとしないままでいようか」
伊織の言葉は優しすぎる。そのあまりの暖かさに心が溢れた。だけど伊織が多少なりとも無理をしているのは、さすがに分かる。俺の下腹部に当たるそれは、未だ確かな熱を持っているから。
「でも、伊織が」
「僕なんてどうでもいいから。こんなの、一人でも処理できるし」
「だけど、俺は……伊織で上書きしてほしい」
思わずそう言った。本心だった。伊織は少し驚いたように目を開くと、表情を和らげて俺の髪を撫でた。
「分かった。でも、本当に辛くなったら言ってね?」
伊織はそう言うと、俺の手を握って再度挿れるよ、と囁いた。確かな質量を持った熱いものが、俺をこじ開けていくのを感じて、思わず身体が強張った。
俺は演じなければ、未だ性行為、特に挿入に関して嫌悪感を持っているんだと再確認した。愛してる、と囁かれながら愛撫されるのは好きだ。けれど、挿入はやっぱり怖い。
たぶん俺は未経験だった小学生の頃から、実は何も成長できていない。きっとそれは、質の悪い行為ばかりしていたからだ。
「大丈夫……痛いことはしないよ。ちゃんと息を吸って、ほら、僕の手を握って」
そのことを察してくれている伊織は、俺を優しく包み込むように囁いて、ゆっくりゆっくりと腰を沈めていった。
演じていない分、しっかり自分と向き合う羽目になっているんだろう、初めての時の記憶がまた、俺を苛むようにフラッシュバックする。あの人の粘ついた笑顔、泣くほどに痛かった感覚、どこにも救いのなかった絶望的な気持ち。
それらから逃げたくて、俺は意味もなく目を固くつぶった。
「雫……もう大丈夫だよ。全部、入ったから」
しばらくして、伊織の声が聞こえた。吐息交じりで少し苦しそうな、けれど暖かい声色だった。
お父さんの顔がよぎる。怖い。目を開けるのが怖い。しかし意を決して恐る恐る目を開けて伊織を見上げると――伊織は笑っていた。お父さんの気持ち悪い笑顔とは全然違う、俺へのいたわりと愛しさで溢れた、綺麗な笑顔だった。
それを見たら何だか肩の力が抜けて、心が暖かいものでいっぱいになった。気づけば、涙が溢れていた。
「ごめん、嫌?」
「ううん、違くてっ……なんか、伊織とお父さんは、全然違うなって、実感して……ほっとして、あと嬉しくて、なんか、俺……」
伊織は俺の言葉を最後まで聞くことなく、俺を強く抱きしめた。その確かな暖かさに、愛しさが溢れて心が震えた。幸せなのに、行為中なのに、俺はまた泣いてしまった。
伊織は絶対苦しいのに、本当は早く精を吐き出してしまいたいはずなのに、俺を慈しむような笑顔を崩さないまま、ただ抱きしめて俺を受け止めてくれた。そして俺が落ち着くまで、大丈夫だよ、と囁いてくれた。
「ごめんね伊織、もう大丈夫だから動いていいよ」
泣き止んでから、そう伊織に言うと、伊織は柔らかく頷いた。それから、ゆるゆると馴染ませるように緩く動いた。
「はぁ……伊織、伊織……」
それは今までの行為で一番優しくて、大事にされていると実感できた。伊織の身体に手を回す。伊織は好きだよ、と囁きながら俺を慈しむように動いた。
こんなにゆっくりな動きで伊織が達せるはずがないのに、伊織は自分を二の次にして俺を思いやってくれる。その気持ちが何よりも嬉しかった。愛されてる幸せで胸が詰まる。
腰が重く痺れるような感覚がする。俺は強烈な快感が苦手だ。自分を制御しきれなくなる感覚が嫌だった。だからセックスも嫌いだった。けれど、今までは味わえなかった、相手と一つになるこの感覚は悪くないと思えた。
「伊織……もっと、動いていいよ……」
でも、と言いかけた伊織に俺は、「俺、伊織にも、気持ち良くなってほしいから……一緒に、気持ち良くなろ……?」と笑った。伊織となら、このまま一つになって昇り詰めたいと思えた。
「雫っ……」
伊織は切なげに眉を寄せて、奥の方まで突いた。しっかりした質量のものに奥を暴かれる感覚に、俺は体を震わせた。
「雫……っ、しずく、好きだよ……はぁ、愛してるっ……この世で一番……一生僕のもの、だからね……しずく……っ」
自身を俺に刻み込むように伊織は動いた。俺の名前を切なげに呼びながら。埋み火のようだった熱がどんどんと上がっていく。
「はぁっ……いおり、すき……っ、んっ、すき……あ、ん……っ、は、っん……すきぃ……」
言葉にすればするほど愛しさと熱が増して、爆発してしまいそうになる。しがみつくように、伊織の身体に回している腕に力を込める。肉体的な気持ち良さだけじゃなくて、心が通じ合って一つになっているような感覚が幸せで、頭がぼうっとする。
伊織の声はどんどん熱っぽくなってきた。俺を求めるように耳元で名前を呼ぶ。その甘く苦しそうな声色に、蕩けてしまいそうだ。
「しずく、雫……僕、もう限界……」
「いいよっ……ん、ぁ……おれ、も、もう……は、ぁんっ……やばい、からっ……」
甘い快楽に溺れて、酸素を求めて喘ぎながら、俺はなんとか頷いた。伊織は切なそうに眉を寄せながら、頷き返して、一層深く腰を動かした。
伊織に溺れてしまいそうになりながら必死に自分にしがみついていた。けれど、高まった熱はある瞬間、伊織が奥を突いた瞬間、一気に爆発した。頭が真っ白になる。
「んっ……雫……っ」
伊織が悩ましげに俺を呼ぶ。中で伊織のそれも同期して、ドクンと大きく脈打ったのを感じた。
頭がふわふわしてすごく幸せな気分だ。初めてだった。こんなに気持ち良く達したのは。その恍惚とした感覚にいつまでも浸っていたいとすら思う。
息を落ち着かせた伊織が、優しく唇を重ねてくる。俺もそれに応えて、甘く舌を絡ませた。
「雫……好きだよ……」
頭がぽうっとして、なんだかまた泣きそうなくらいに幸せで、ほんの少し身体がだるくて。その感覚に浸るように、俺と伊織はしばらくの間、そのままで口づけを交わしていた。
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