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2赤に染めた理由
名前を呼ばれた気がして慌てて飛び起きると、目の前に佑太郎の顔があった。
「お前さー、とっくにホームルーム終わってるぜ? いつまで寝てんの?」
「え? ああ……俺、寝てたのか」
教室内を見回すと、そこはもう人がまばらになった教室だった。
「お前やっぱアホだよな。ま、いいや、帰ろーぜ!」
佑太郎の能天気な顔に俺はほっとした。そして荷物をまとめながら「そういやさ、今チョコパイ百円じゃん? 帰りに寄らね?」と提案した。
「いいねー、アカの奢りな!」
「は? お前マジふざけんな」
「百円ぐらいいーだろ? お前バイトしてんじゃん!」
「佑太郎に奢るためにバイトしてるんじゃねえから」
いつも通りの佑太郎にどこか安堵感を覚えながら、俺は教室を出た。
「へー。それでお前、平太のガッコの文化祭でトイレ行った後、元気なかったんだ」
ファストフード店に寄った後、俺の家にずかずかと乗り込んできた佑太郎にしつこく聞かれ、思わず全てゲロってしまった。佑太郎はにやにやしながら聞いていた。
「しっかしさぁ、振られたから髪色変えるって何? 女子かよってーの。しかもめちゃくちゃ気合い入れて脱色するとか」
「お前話聞いてた? 地毛だっつーのこの色」
赤い髪を見ると平太を思い出す。だから俺は、赤く染めたのを元の白髪に戻した。
「あっそうだったそうだった! 何つーんだっけええっと……アル……アルゴンみたいなやつ」
「アルビノだわ! ったく、お前ほんと馬鹿だよな……」
呆れてため息を吐いてしまった。失恋話をしていたはずなのに、佑太郎に話すと全て馬鹿らしい話になる。
「あ? テメーに言われたくねぇよアカ! この前数学で四点とったの誰だっけ?」
「んじゃこの前古典で三点とったのはどこの誰だよ」
「俺だよ!」
嫌味に嫌味で返すと、なぜか高らかに宣言された。思わず噴き出すと、佑太郎はしたり顔で言った。
「ようやく笑ったな! アカが落ち込んでると調子狂うからそーやって笑ってろ!」
こいつはこういうところがある。クズでタラシでどうしようもないやつだけど、不意打ちで馬鹿なりに気遣ってくる。
「なんだっけ、紫外線に弱いんだっけ、アル……ええと、アル……」
「アルビノ! いい加減覚えろ! だからこんなに肌白いんだけどな。気持ち悪りぃだろ」
「え? チョーかっこよくね? 俺地黒だからマジ憧れるわぁアルマーニ」
「アルビノだっつーの! お前分かっててボケてんだろ」
ツッコミながら俺は、佑太郎なりに重い話を明るくしようとしてんのかなぁと思って、不覚にも嬉しくなった。だが佑太郎は、ゲラゲラと笑った。
「ガチでツッコむアカおっもしれぇ!」
前言撤回。佑太郎はただの馬鹿だ。
「だからお前、やたら日焼け止め塗ってたしプール全部見学してたんだな。俺てっきり美白意識してんのかと」
「するか! 女子じゃねえんだぞ俺は」
ため息を吐くと「いやでもさ」と言いながら佑太郎は、不意に俺の頬に触れた。
「アカすげー肌綺麗だからそれもあり得るかなーって思ったりはしてた」
その表情は案外真剣で、俺はどぎまぎしてしまった。佑太郎が俺のことをまっすぐに褒めるなんて、珍しかったのだ。
「いや、肌っつーか顔も綺麗だよな。目も薄い青色で……すげーイケメンだとはいっつも思ってた」
「なに? お前俺に何して欲しいわけ? 今金がないとか?」
俺を褒めまくる佑太郎が気味悪くて、俺はそう尋ねた。下心があるとしか思えないのだ。しかし佑太郎は「ちげーよ」とかぶりを振った。
「髪色変えてきてからずっと思ってたんだよねー、実はアカってめちゃくちゃイケメンじゃね? って。昔から思ってたけど、最近めっちゃ思うんだわ。赤い髪だとこいつイカついなーみたいにビビるじゃん? それが白になったら一気に不良感抜けたっていうか?」
「……つまり?」
「俺、お前の顔かなり好きかも」
顔が引きつった。それは、佑太郎の顔が案外真剣だったのもあるし、極度の面食いである佑太郎の「顔が好き」は告白とほぼ同義なのもある。
佑太郎は顔が好きだったらすぐ好きになる面食いで、それは男女を問わない。ただ、男の方がハードルが高いだけで。
「お前それガチ?」
「割とガチ」
「ふざけてんだろ?」
「いやいや、俺は可愛い子とイケメンはみんな好きだから! ブスは滅びろって思うけど」
「お前ほんと正真正銘のドクズだよな」
「まーな、でも俺イケメンだから大体許されるし?」
いけしゃあしゃあと言ってのける佑太郎。実際佑太郎は、大抵のことは許されるくらいにイケメンだからタチが悪い。
「つーかさ、お前だって平太好きだったんだからやっぱ顔いいやつ好きだろ?」
「お前と一緒にすんなよ」
抑えたつもりだったが、だいぶ機嫌の悪そうな声になってしまった。それに気付いたのか、佑太郎はニヤニヤ笑いを引っ込めた。
「じゃーどこが好きだった訳?」
「そりゃ……あいつはさ、俺のこの見た目を初めて認めてくれたやつなんだ。俺実は無口だったんだけどあいつのおかげで変われたし、それからあいつ、すげえ優しいし……」
しゃべりながら、平太のことを思い出して少し泣きそうになった。好きだった。初恋だった。だけど――振られた。受け止めなきゃいけないのは分かっているが、そう簡単には割り切れない。
目を伏せると、不意に頰を引っ張られた。
「泣くな泣くな! 辛い時こそ笑わなきゃ病むぜ!」
「なっ……泣いてねえよ! いいよな、佑太郎はいつも楽しそうで。何でそんなにバカ明るいんだよ?」
「何で? うーん……あっ」
考え込んだ佑太郎だったが、次の瞬間にやりと笑った。嫌な予感がした。
「俺が明るいのは多分――」
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