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1やっぱり誤魔化せない
降りしきる雨が、窓の外を白く染めている。
最近は雨続きだ。例年より少し梅雨入りが早い。
雨の日が続く時期はいつも、落ち込むことが多い気がするのは、気のせいだろうか。
「……すっごい雨だね?」
伊織は数学の問題を解く手を止め、窓の外を見て言った。
「……だな」
俺は外を見ながら、雨ではない別のものを見て、ため息を吐いた。
外には、雨が降っているにも関わらず、外を駆ける二人組がいた。
彼らは笑い合いながら自販機まで駆け、飲み物をいくつか買い、そしてふざけ笑いながら昇降口まで駆けて行っていた。
……その二人とは、生徒会長と平太だった。
いつの間にか、会長と平太はすごく仲良くなっていて、平太の隣には高確率で会長がいる。
どういう関係なんだろう、と誤魔化すように心の中で呟いた。
ーー本当はもう、察しがついているのに。
伊織は俺が見ているものを察したのか、思い出すようにこう呟いた。
「確か付き合ってるんだよね、あの二人」
分かってる、そんなことは。だからせめて、改めて言葉にしないでくれ。
分かってる癖に、ずきんと痛みが走る。
「最初は何で、会長があんな地味な奴と付き合ってるのか疑問だったけど……あの顔なら納得だよねぇ」
伊織が、なおも窓の外を見ながら言った。
平太は、テスト前で会えない間に気付いたら、前髪をばっさり切り、眼鏡をかけるのを止めていた。
そう、平太は地味に見せるのを止めたのだ。……あんなに「目立ちたくない」って言っていたのに。
止めたのは会長に言われたからだろう、とそう察しがついてしまうのが恨めしい。
自分じゃ駄目だと、所詮体だけだと、そう分かっていたはずだった。
だがーー現実を突き付けられると、正直耐えられそうにない。
「……ら、真空」
名前を呼ばれ、ふっと我に返った。
見ると、伊織が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫? 今ぼーっとしてたけど」
「大丈夫だ。ただ……」
「ただ?」
伊織はまんじりとせずに俺を見つめる。俺はまたため息を吐いて、答えた。
「……疲れた、色々と」
テスト勉強ももちろんだが、恋愛って、こんなに辛いものだったとは知らなかった。
しょうもないことで何度も何度も傷付いて、その度に、俺はこんなに弱かったかと訝っていた。
だが、それは多分違う。きっと、しょうもないことで傷付くほど、平太が好きなだけだ。
だから、平太の隣には俺がいたい。会長じゃなく、俺が。
たかがセフレに、口出しする権利なんてないことも、分かっているのに。
「そうだね、勉強しなきゃいけないもんね。……でも、明日がテスト最終日だから、もう教室に居残ってまで勉強しなくて済むよ」
得心したように伊織が言う。
俺はろくに話を聞かずに「そうだな」と答えた。
「……ね、なら明日、僕とどっかに出かけない?」
伊織は期待するように俺を見た。
……テストが終わったら、真っ先に平太に会いたいと思っていた。
少なくとも、もう二週間くらいは話していないから。
でもきっと、平太はテスト後の週末を会長と一緒に過ごすだろう。
ならいっそのこと、伊織と過ごして気を紛らわすのもいいかもしれない。
そう思って、
「いいかもしれないな」
と答えた。
すると、伊織の表情がぱっと華やいだ。
「でしょ! じゃあ僕、考えておくね」
伊織はそう言って笑った。
ーー確かに、伊織は綺麗だと思う。今の笑った顔は、見慣れた俺でも綺麗だと思った。
でも、やっぱり、伊織じゃなくて平太の顔が見たい。平太の笑顔が見たい。
そんな、切なく疼く衝動を抑え込んで、俺は意識を数学の問題に戻した。
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