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7やっぱり誤魔化せない
――最悪だ。何でよりにもよって今。
「へぇ?」
兄貴――明塚誠人 は俺と真空さんを見て、面白い玩具を見つけたかのように頰を歪めた。
「あっ……兄貴、今日合コンじゃ……ッ?」
声を上ずらせながら尋ねるが、兄貴はさらりと告げた。
「相手の女の子の中に元カノがいるの知ってさ、断ってきた。それより……」
俺は思い出して、急いで真空さんの口から指を引き抜くが、もう遅い。
兄貴は扉を後ろ手で閉め、問い詰めるように笑った。
「今、どんなプレイしてた?」
……この、クソ兄貴が。
「えっ? えっと、その……」
「もったいぶらずに教えて? 今後の参考にしたいしさ」
俺は口ごもったが、兄貴は追い詰めるように一歩距離を縮めた。
しかし俺が答えなかったからなのか、今度は真空さんの眼の前にしゃがんで尋ねた。
「じゃあこの子に聞こうかな。今、どんなプレイしてた?」
戸惑ったように真空さんは俺を見上げた。
俺は苦い顔で首を振った。兄貴はきっと、答えるまで勘弁はしないだろう。
真空さんは真っ赤になって、小さく言った。
「その……手コキされて、俺が出した精液を、舐めさせられてました」
すると兄貴はふき出した。
「あっははははっ! 平太ぁ、俺のこと今まで散々馬鹿にしてたけど、お前も結構エグいことしてるな!」
お前ほどはエグいことしてねえよ、と心の中で突っ込む。
「で? 他に何かさせられたの?」
兄貴は楽しそうに問いかける。
「えっと……イラマチオを」
真空さんが小さい声で答えるのを聞いて、途端に兄貴は顔を真っ赤にして笑い転げた。
「くくっ……っははははっ! お前、俺に前何て言ったっけ? 『相手の口の中に無理やりチンポ突っ込んで楽しむとか人間のクズ』、だっけ?」
俺は思わず「だから嫌だったんだよ……」と吐き捨てた。
相変わらず性根が腐ってやがる。
「で、されてどうだった? 苦しかった? それとも」
意地の悪そうな笑顔を浮かべて問う兄貴に、真空さんはぼそっと答えた。
「き、気持ち良かった、です」
こんな状況にも関わらず、可愛いなんて思ってしまった。これだから真空さんは。
すると兄貴は動きを止め、ぼそっと呟いた。
「お前に先越された。この子調教済み?」
俺は「元々こう」と答えた。別に相手が俺だからこういうことを言っているんじゃない、と自戒するように。
兄貴は表情を明るくすると、
「平太、いい?」
と聞いた。大方、俺にもこの子を食わせて欲しい、なんて内容だろう。
「は? 絶対嫌だ」
俺はすぐ吐き捨てた。考える余地なんてなかった。
小深山先輩にとられるならまだ納得はできる。いつも一緒にいるし、幼なじみだからだ。
だが、兄貴にとられるのはどうしても我慢ならない。
そう、俺はしばらく真空さんに会えない間、あることに気付いてしまったのだ。――俺は、真空さんが好きだ。恋愛対象として。
何故気が付いたのか、ってそりゃ、片時も頭を離れなくて、小深山先輩といるところを見るたびにイライラしたら、気が付かない方がおかしい。
テスト期間中、何度電話しようか迷ったことか。
会わない、と決めたならせめて声くらいは聞きたい、という欲求を、ギリギリのところでずっと抑えていたのだ。
そんな時にこれだ。イラつかない方がおかしい。
「いいじゃーん、今まで散々俺のオンナ使ってきたろ?」
「あれは誘われたから仕方なく。むしろ俺は被害者だ」
「だとしても平太、俺のおかげで経験豊富になれただろ? だったら一回くらい味見させてくれても」
「望んで経験豊富になった訳じゃねえよクソ兄貴」
今までにあまりないほどの激情に駆られ、兄貴の胸ぐらを掴み上げ、脅した。
「真空さんに手ェ出したら、そのチンポ切り取って捨ててやるからな、兄貴」
実際寝取られでもしたら、本当にそれくらいはやってしまうだろう。
……俺は、独占欲が強いのかもしれない。今まで恋したことがなかったから、知らなかった。
兄貴は「はーいはい」と話半分に肩を竦めると、真空さんの耳元に顔を近付け、囁いた。
真空さんはそれを聞いて、狼狽したように赤くなった。
そのまま話していると、真空さんは心なしか嬉しそうな色を浮かべ、顔を赤くしていた。
正直、今すぐにでも割り込んで行きたい。
このまま真空さんが兄貴にとられるんじゃなかろうかと気が気でなかった。が、ここで割り込むのはまるで真空さんを信用していないみたいで、できなかった。
不意に、兄貴が真空さんの首の後ろに手をやった。
真空さんは驚いたように体を震わせ、その後兄貴に何かを囁かれると、更に顔を赤くした。
見ているだけで、腹のなかが煮えくり返りそうになる。……こんな感情は初めてだ。
兄貴は突然立ち上がると、何かを含んだような笑顔で俺を見た。
俺は思わず兄貴の肩を掴んで耳元で低く聞いた。
「兄貴、今真空さんに何言ったんだよ」
兄貴はにやっと笑うと、「さあね?」と肩を竦めた。
「じゃ、俺は邪魔だろうからどっかに消えておくよ」
兄貴はそのまま、何も答えずにドアを開け、帰って行った。
真空さんは少し呆然としたように、顔を赤く染めていた。
それを見ていると、何だかどうしようもなく怒りが込み上げてきて、俺は思い切り真空さんの手を引き、玄関の奥に引きずり込んだ。
「待って平太、まだ靴脱いでないっ……うわっ!?」
俺はそんな真空さんの声を無視した。否、聞こうとしなかった。
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