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1恋愛恐怖症の治し方
「真空さんに手ェ出したら、そのチンポ切り取って捨ててやるからな、兄貴」
殺すぞ、とでも言いそうな勢いで、俺の胸ぐらを掴みあげる平太。
玄関でのプレイなんて奇特なことをしていたものだから、少し茶化したくなっただけだというのに。
俺は「はーいはい」と話半分に肩を竦めると、その子――真空君の耳元に顔を近付け、囁いた。
「真空君、だっけ? 君さ、平太に愛されてるね」
「なっ……そんなこと、ないです。体の関係しかないですし」
真空君は狼狽したように赤くなり、少し寂しそうに吐いた。
「へぇそう。不器用だねぇあいつも。俺から見たらあの平太がこんなに、って驚くくらい愛されてるのに」
思わず、呟いた。
昔、平太にもそれなりに気に入った相手がいた。と言っても、元は俺のだったが。
平太にしては執着してるな、と思っていたが、あるとき成り行きでその相手と寝てしまったことがある。
その時運悪く平太が家に帰ってきたのだが、平太はその時、驚く言動を取った。
というのも、
『あれ、俺邪魔?』
と顔色一つ変えずに家を出て行ったのだ。
申し訳なくなって後で謝ったが、平太はその時やっていたゲームを止めることなく、
『いいよ別に。元々兄貴のだし、顔が好みだっただけだし。つーか、俺がそういう恋愛事に関わりたがらないの知っててそれ言ってんの?』
と言ってのけたのだ。多分平太にとっては、心底どうでもいいことだったのだろう。
平太はそれほどまでに恋愛事に関しては冷めていたのだ。
寝取られたのに平然としていられるのも、普通だったらありえない。まあ、結果的に寝取る形になってしまった俺が一番ありえないのだが。
「それは多分、違うと思います。……俺は、好きですけど」
どこまでも認めたがらない彼。好きならさっさと認めてしまえばいいのに。
「――知ってるかもしれないけどあいつ、面倒なこと全部、大っ嫌いなんだよ。基本的に淡白で、他人にほとんど興味もないし、執着もしないしね」
焦れったいその関係をどうにかしてやろうと思って、そう切り出した。
真空君は戸惑ったように「それは知ってます、けど」と答えた。
「で、平太がここまで執着してるの初めてなんだよ。だってあいつ、気に入ってた相手寝取られても、顔色一つ変えなかったやつだし。だから、愛されてるね、って」
「んなっ……」
真空君は顔を真っ赤にして口ごもった。それを見て、無性に羨ましくなった。
ここまで人を愛して、愛されたいものだ。それ以上に、人を愛することが怖いからできないのだが。
矛盾しているかもしれないが、俺は恋愛恐怖症だと思う。恋愛が怖くてたまらないからこそ、恋愛ごっこに溺れるのだろう。
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