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9恋愛恐怖症の治し方

 千紘は驚いたように目を瞬き、ぐっと目元を拭った。そして、恨みがましく呟いた。 「何で、そんなに思い詰める前に俺に相談しなかったんだよ」  今心配しているようなことを言うのは、ずるい。まるで、俺が必要とされているみたいに錯覚してしまう。 「前っからずっとそうだったよ。誰にも言わなかったし悟られないようにしてただけ。そんなの俺のキャラじゃないじゃん?」  千紘は黙り込んで、唇を噛んだ。が、少しして、こう吐き捨てた。 「だとしても俺には言えよ。何年一緒にいたと思ってるんだよ」  それ以上はもう止めてほしい。千紘にとって俺は必要なんだ、と錯覚してしまう。 「千紘さ、何で俺のこと心配してんの」  千紘は「はあ?」と眉をひそめ、当たり前のことのように言ってのけた。 「俺には誠人が必要だから。それ以外にあるか?」  その言葉に胸が締め付けられて、柄にもなく泣きそうになった。――何で今、俺が本当に欲しい言葉を、千紘は何気なく言えるのだろうか。  千紘はその後しばらく、悩むように視線を彷徨わせた。  が、やがて決心したように告げた。 「なぁ誠人。お前が誰かを愛するのは怖い、でも誰かに愛されたいっていうなら――俺がずっと愛し続けるから」  その時周りの音が消えた。その言葉の意味が理解できなくて、何度もぐるぐると頭の中で回し続けた。  嘘だろ、と笑って冗談にしようとしたが、千紘は冗談を言う顔をしていなかった。 「お前さ、自分が何言ってるか分かってる?」 「分かってる。そんなのよく分かってるよ」  あまりに真剣な目に気圧されて、俺は少しの間何も言えなくなった。俺はやがて、床に視線を落とした。 「その場のノリで言ってんなら止めた方がいいよ。同情とかもいらないから――」 「同情なんかじゃねえよ! お前は何も分かってねえ、俺はずっと……誠人に初めて会った時からずっと、好きだったんだから」  思わず反射的に千紘の顔を見た。千紘の目は、強い光を灯していた。 「……何言ってんのお前」  声が震えて滲んだ。どうしても信じられなくて、でも震えるほど嬉しかった。 「何って、分かんだろ。俺は誠人が好きだし、これからもずっと好きだ。俺のことを好きにならなくていいから、せめて信じてくれ」 「……俺、お前には一切いい顔してないし、欠点ばっか見せてるし、なのに、何で……っ」 「でも! ……一番近くで、いいとこだって山ほど見てきた。それに俺は、欠点も全部ひっくるめてお前が好きだから」  俺に信じてもらいたいのか、千紘は必死な目で俺を射った。  ――何だそれ。 「卑怯だ……今そんなこと言うなんて、卑怯だよ千紘……っ」  その言葉で胸が震えた。それだけのために死んでもいいなんて思ってしまった。  気付けば、ぼろぼろと涙が溢れていた。 「悪い、胸借りる」  そう言って千紘の胸に抱きつくと、まるであやすように千紘は肩を叩いた。  その手がどうしようもなく優しくて、温かくて。俺は久々に、本当に久々に、声を上げて泣いた。

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