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10恋愛恐怖症の治し方
「お前、すごいよな」
俺がようやく落ち着いてきた頃、千紘がぽつりと呟いた。首を傾げると、千紘は真顔で答えた。
「このことを十年くらいずっと、誰にも話さずに一人で抱え込んできたんだろ? 俺だったらとっくに限界来てる」
本気でそう思っているような言い方だったので、俺は苦笑した。
「その反動でグレたしヤリチンになったんだろうが。すごくも何ともないって」
「あー……確かに」
苦い顔になった千紘を見て「でも」と俺は続けた。
「もう止めるよ、女遊び」
千紘は目をぱちくりとさせ「へ?」と間抜けな顔になった。
「お前……何でいきなり」
咄嗟に自分がさっき言ったことを覚えていないのか、と心の中で突っ込んでしまった。
「お前、この流れでそれ言うか。さっき自分でなんて言ったと思ってんの?」
すると千紘は、さらに惚けた間抜け面になった。その後片手で顔を押さえ、もう片方の手を、俺を制すように広げた。
「待て、ちょっと待て。……それってまさか、その……え?」
困惑しているのだろう、千紘が何を言っているのかよく分からない。
「あのさぁ、あの場面であんなこと言われたら」
だから俺は、笑ってその答えを示してやった。
「惚れるっての」
千紘は表情を固めた。そして、一瞬遅れて赤みが広がっていった。
「うっわ、千紘顔真っ赤。一生愛し続けるって宣言したのはどこの誰だよ」
「いやだって、まさか応えてくれるなんて……マジ? マジで言ってんのそれ?」
耳まで赤くしながらしどろもどろになる千紘。
俺はそんな千紘に思い切り抱き着いて、囁いた。
「千紘、俺さ、今関係持ってる奴全員と別れるから」
千紘の速く高鳴る心臓の音がよく聞こえた。いや、もしかしたら俺もこうなっているかもしれない。
「――付き合ってよ。それで俺のこと、ずっと愛し続けてよ。俺も、何とか過去を乗り越えるから」
千紘は、この答えが予想できていただろうに惚けた顔になった。そしてすぐ後に、ぼろっと涙を零した。
「え、お前泣いてんの!? 何で泣くんだよ」
「……っ、だって今までは、友達でいるしかなくて、ずっと隣で、誠人が誰かと一緒にいるところを見てたからっ……」
告白しただけで泣かれるほどに愛されていたのか、俺は。
そう思うと、今まで癒さずに放って置いた傷が、温かく癒されていくように感じた。
こんなに幸せなのは、いつぶりだろう。それがぱっと思い出せないほど、俺は薄っぺらい人生を送ってきたようだ。
端から見たら、金にも女にも友達にも不自由しない、恵まれた人生のように映っていたのかもしれないが、それは外面に過ぎなかった。
幸せでも何でもなかった。なのに、自分すらも誤魔化していた。
張りぼての幸せだった。でも、千紘とならそんな記憶を全て塗り替えていけるような、そんな気がした。
「ありがとう、千紘」
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