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2重なり合うトライアングル

「明塚君、だよね?」  小深山先輩はホームルームが終わった頃、唐突に俺の教室へ入り、俺に声をかけた。 「そう……ですけど」  平静を装って答えたが、背中には冷や汗が伝っていた。  教室は一気にざわめき出した。といっても、本人たちに聞こえないようにひそひそと話すような、嫌なざわめきだったが。  小深山先輩は俺の肩に手を置き、耳に顔を近付け、囁いた。その声は、にこやかな表情とは裏腹に、冷え切っていた。 「放課後、南棟の第二選択教室に来て。もちろん一人で」  意図せず顔が引きつった。それは、校舎裏に呼び出されるよりよっぽど怖い。  なんせ第二選択教室は、教室がある方ではない棟の、一番上の階の一番端にある教室だ。しかも鍵がかけられる。  理事長の息子ならば、第二選択教室の鍵を借りるくらい、造作もないことだろう。 「先輩、まさか――」 「話は後で、ゆっくりしようか?」  小深山先輩は、耳元で冷ややかに囁き、だが人の良さそうな微笑みを湛えて俺から離れ、背を向けた。  俺はこの時、間違いなく真空さんとの関係がバレていること、それと小宮山先輩は本当に真空さんが好きだということ、この二つを確信した。 「なぁどうした、平太? 小宮山先輩に何言われてた?」  加賀美は不思議そうに尋ねるが、俺は硬い表情のまま、首を振った。言える訳がない。  行ったとしたら待っているのは、肉体的、精神的、もしくは社会的な怪我。だが、行かなくてもそれは同じ。  それなら、行くしかないだろう。例え、酷い目に遭うのが目に見えていても。  ――考えてみれば、俺は別に小深山先輩の所有物に手を出した訳ではない。  真空さんは元々誰のものでもなかった。それに、向こうから誘ってきたのだ。俺に非はない。  だったら、堂々と宣言しても何の問題もないはずだ。 「俺は悪くない」  独り言のように呟き、苦笑した。大抵こういうことを言うのは、悪者だからだ。  理論上は問題がなくても、実際は問題がないはずがない。  小深山先輩は小さい頃から真空さんを知っていたはずだ。もしかしたら、ずっと前から好きだったのかも。  それなのに、いきなり一つ下の後輩にとられては、憤慨するのも無理はない。  それに相手は、どう考えても力関係は下。実力行使をしたくなる気持ちも分からなくはない。  願わくば、大したことにならずに済みますように――そう願いつつ、ゆっくりと第二選択教室の扉を開けた。

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