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3重なり合うトライアングル

 中を見て、少し安堵のため息を吐いた。よかった、中には小深山先輩一人しかいないようだ。  もし中には小深山先輩なんていなくて、全く知らない不良だらけだったらどうしようかと。  小深山先輩は俺を認め、ドアを閉めるように、と手振りで指示をした。  言われた通りに閉めると今度は、鍵をかけるように指示された。  さすがに躊躇っていると、小深山先輩は「どうしたの?」と視線で俺を射竦めながら、口元だけは上にあげて問うた。  仕方なく閉めると、小深山先輩は満足そうに頷いた。 「本当に一人で来たんだね。度胸がある」 「……用件は、何ですか」  声色が硬くなるのは抑えられず、それでも冷静に尋ねた。  さて、何て切り出される。  何て切り出されたとしても俺は、屈しない。真空さんと付き合っていることを隠すつもりはない。  しかし小深山先輩は、予想に反してこう切り出した。 「観念論、って知ってる?」 「は? ……いや、知りませんけど」  あまりにも予想外で、素っ頓狂に聞き返してしまった。  小深山先輩はそんな俺を意に介さず、後ろを振り返って続けた。 「例えば、そうだね、この教室の隅に消しゴムが落ちてたとする。でもその消しゴムは、生徒はおろか、先生にすら落ちていたと気付かれなかったとしよう。  この時、誰にも認識されなかった消しゴムは果たして、『存在する』と言えるのか。どう思う?」 「……誰が気付いていようが気付いていまいが、存在してるのに変わりはないんじゃないんですか?」  脈絡のない話に戸惑いつつ、答えた。 「その考え方は『実在論』っていうんだ。『観念論』の対極にある考え方」 「つまり、観念論っていうのは、誰も認識していないものは、存在しないのと同じ、とそういう考え方ですか?」  小深山先輩は頷いて、補足した。 「そう。例えば、本当に消しゴムが存在していたとしても、誰にも気付かれなければ、ないのと同じだ」  それは理解できたが、今そんな話をしてどうしようと――その謎は、すぐに解けた。 「だからその考え方でいくと、誰かこの学園の生徒が何らかの理由で退学してしまったとして、全校生徒と全職員が『そんな生徒はいなかった』と言ってしまえば、その生徒は在学していなかったことと同じ、そうでしょ?」  婉曲な例えを用いたが、それでは気付かないと思ったのか、小深山先輩は露骨な例えを出してきた。  嫌な予感は当たった。小深山先輩はきっと、俺を退学させる気だ。 「……その生徒、って誰のことですか」  分かっているのに問いかけると、小深山先輩は「やだなぁ」と笑った。 「話の流れから察して欲しいな」  そこであることに気が付く。小深山先輩の目が、一切笑っていないことに。  不意に、加賀美が入学当初、「手を出してはいけない三人」のうち、一番やばい奴に真空さんを挙げていたことを思い出した。  この状況はきっと、加賀美が言った意味とは違うが、真空さんに手を出した結果だろう。  ――だとしても、俺は後悔しない。真空さんと別れるか退学するか、と問われれば俺は、退学を選んでやろう。  いざとなれば、定時制高校にでも入学し直してやる。 「……やめませんか、遠回しな言い方は」  小深山先輩はふっと冷笑し、「そうだね」と呟いた。 「真空と別れてくれない? 別れないなら、君を退学させる」 「退学させて、その上『在学していなかった』ことにする、と」 「そうそう、そういうことだね」  小深山先輩は怖いくらいの無表情で、俺を見つめた。  その答えなんて、決まってる。 「退学させてどうぞ? 俺は別れませんよ、真空さんと」

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