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5重なり合うトライアングル

 そして、鍵の開く音がした。そこにいたのは予想通り、館野だった。 「何が理由でそう言ったのかは知りませんけど、勝手に生徒を――それも明塚君を退学させるのは見過ごせません」  いつもへらっと笑っている館野とは思えないほど、恐ろしく真剣な声色だった。  小深山先輩は館野を見て顔を歪めた。よかった、さしもの風紀委員長も生徒会長の意見は無視できないだろう。  しかしそう安心したのも束の間、すぐ後に小深山先輩は、したり顔で笑った。少し、嫌な予感がした。 「僕は何も、積極的に明塚君を退学させたい訳じゃないよ。ただ、ある要求を呑んで欲しいだけなんだ」 「ある、要求?」  小深山先輩は勝利を確信したような顔で、告げた。 「そう。真空と別れてくれ、っていう要求だよ」  その瞬間、すっと館野の血の気が引いた。館野は助けを求めるように小深山先輩を見上げ「え?」と聞き返した。  小深山先輩はまるでとどめを刺すかのように笑った。 「明塚君と仲が良いのに知らなかった? 付き合ってるんだよ、真空と明塚君は」  館野は顔面蒼白になった。その目はどこか宙を彷徨っていた。  確かに、館野には一切伝えていなかったし、ましてや相手が真空さんとなると、驚くのも分かる。  だが、何も絶望したような顔で驚かなくてもいいのに。何がそんなに驚いたのか。 「館野君が明塚君を退学させるのは見過ごせない、っていうのならこうしよう。君が二人を別れさせる手伝いをしてくれるなら、僕は彼に何もしない。どうかな? 君にとっても好都合だと思うんだけど」  企むように笑う小深山先輩。館野の視線は動揺を映すように、揺れて、揺れた。  ――もしかして。  実は館野は、真空さんが好きなんじゃないだろうか。好きまではいかなくても憧れ、とか。  いや、それだと小深山先輩がそれを知っていて、平然と受け流しているのは腑に落ちない。  ならまさか、と浮かびかけた考えを俺はすぐさま否定した。そっちの方がなおさらありえない。  真空さんに恋する理由は山ほどありこそすれ、俺に恋する理由などどこにもないだろう。  ならやはり、真空さんだろうか。好きまでいかず、憧れの対象になっているなら小宮山先輩も許せる、とか。そっちの方が、何倍も信じられる。  もしそうなら驚くのも無理はないし、俺を恨みたくなる気持ちも分からなくはない。でも、 「……館野」  館野は、それ以前に俺の友達のはずだ。俺はそう信じている。  館野はゆっくりと俺の方を向き、痛みに耐えるように、目を見開いて顔を強張らせた。  そして視線を落として唇を噛み、やがて覚悟を決めたように小深山先輩を見上げた。 「僕は明塚君の『友達』です。だから、明塚君は裏切れません」  小深山先輩は興醒めしたような様子で、問いかけた。 「本当に? 君はそれでいいんだ?」 「はい。僕はあくまで明塚君の友達……友達、です」  毅然と告げた館野。その響きが、必死に自分に言い聞かせるように聞こえたのは、気のせいだろうか。 「ふうん……」と小深山先輩は呟くと、品定めをするかのように館野を見た。 「いいや、君を大っぴらに敵に回したら面倒だ。この方法は諦めよう。でも気が変わったらいつでも」  そして小深山先輩は、拍子抜けするほどあっさりと引いた。 「気は変わりません。僕は明塚君の友達ですから」  それに対して館野は強気に言ったが、何かをぎりぎりのところで抑えているようにも見えた。  助かったのか、と思ったのも束の間、小深山先輩は俺を冷たく睨んで出て行った。  それはまるで親の仇を見るかのような目で、寒気がした。

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