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9重なり合うトライアングル
「……大丈夫か、館野」
その心配気な声を聞いて、初めてあることを認識した。――もうここに、永島君はいないんだ。
「……僕、助かったの……?」
確認しようとそう呟いた。そうやって呟いたその声は、思ったよりもずっと弱々しかった。
「……ああ。少なくともあいつは二度と、お前に手出さないだろうな」
明塚君は何故かぼうっと僕を見つめると、不意に我に返ったように答えた。
「本当に……?」
そう恐る恐る尋ねた。ここまできてそれが本当にならなかったら嫌だから。
それくらい、本当であって欲しかった。悪夢が終わって欲しかった。
「本当に。もしまだ手出すようだったら、俺が本当にボールペンぶっ挿してやるから」
その声に確かな響きを感じ、やっと状況を飲み込めた。と同時に、明塚君の意図も悟った。
明塚君は永島君がもう二度とレイプなんてしないように、わざとあんな風に脅したんだろう。だからもう、僕は永島君に、酷く弄ばれなくて済む。
そろそろ精神に限界が来始めていて、おかしくなりそうだった。嫌で嫌で堪らなくて、でも体だけは意思とは反対に感じてしまって、それが本当に辛かった。
そんな絶望的な状況を、明塚君は救ってくれた。嬉しいしありがたいし、何より、ほっとした。
ほっとしたら今まで張り詰めていた糸が切れたのか、ぼろっと涙が零れた。
「……え!? そ、そんな感謝することでも……俺、自分のことばっか考えてたし」
慌てて言う明塚君に、僕はすぐに何度も首を振った。自分のことばっか、だなんて嘘ばっかり。明塚君に僕はどれだけ救われたか。
「……んな、ことないっ……僕、永島君に脅されてて、それで、ずっとっ……」
明塚君はそれを聞いて、そっと抱きしめてくれた。その手つきにますます安心して、歯止めが効かなくなった。
僕は明塚君のシャツをぎゅっと握りしめ、嗚咽を漏らした。
明塚君は、僕が落ち着くまで黙って背中をさすってくれた。だから、安心して泣けた。
今までは変なところで強がって、人前では絶対に涙を零さなかったのに。
落ち着いてから、まず明塚君にお礼を言わなきゃ、そう思って僕は笑って言った。
「……だから、永島君を謝らせてくれて、ありがとう」
明塚君は僕の顔を見て驚いたような顔をし、やがてふっと微笑んだ。
その微笑みは、切なくなるほどに優しくて、暖かくて。僕はその微笑みで恋に落ちた。
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