81 / 373

1決して覚めない夢であれ

 ここ数週間は散々だった、俺はそう吐き捨てたい気持ちでいっぱいだった。  俺を退学させることを諦めた小深山先輩はどうしたか。俺を精神的に弱らせるのを図ったのだった。  と言っても、本人がちまちまと嫌がらせした訳ではない。本人がしたのはたった二つ。  それとは、俺と真空さんの関係を全校にバラすこと、それと『ずっと好きだった幼馴染を後輩にとられてしまったけれど、彼が幸せならそれでいい』という健気な演技をすることの二つだ。  もともと俺は目立つのが嫌いなので、それによって注目を浴びることそのものも非常にストレスが溜まる。注目を浴びて質問責めに遭うのも、言わずもがな。  その上小深山先輩が健気な演技をしたもんだから、信者はもちろん黙っていなかった。信者でなくても、小深山先輩側につく人も大勢いた。  さらに、何故か館野と俺が付き合っているという噂が流れていたらしく、俺は『館野に手を出した挙句前園先輩にも手を出し、小宮山先輩を悲しませたとんでもない奴』として広まった。 「大丈夫、お前?」 「大丈夫に見えるか……?」  加賀美の心配にも、机に突っ伏して力ない毒を吐いてしまうくらいには参っていた。  今日も一日乗り切った、という脱力感と、溜まりに溜まったストレスで力が出なかった。 「だから入学当初手を出すなって俺が……思ってた手の出し方とは違ったけどな」  苦笑すると、加賀美は聞いた。 「第一お前、前園先輩とどんな繋がりがあったんだよ」  答えにくい質問が来たな、と俺は思わず顔を渋くした。まさか正直に、実は先輩はどMで、SMプレイに付き合わされた繋がりです、なんて言えるはずもない。 「その……俺、たまたま先輩の性癖知っちゃって、知ったんだったら責任取れよお前、みたいな」 「その性癖が何なのかは言えない、と」 「まあな。先輩の沽券に関わるし」  それを聞くと、加賀美は同情するように俺の肩を叩いた。 「よくわかんねーけど……災難だったな。手出したんじゃなくてどっちかっていうと巻き込まれたんだな、お前」  曖昧な返答なのに察してくれた加賀美に、俺は思わず飛びついた。 「分かってくれるか! お前だけだよ、分かってくれんの。俺さ、『小深山先輩の前園先輩を横から掻っ攫ったクズ野郎』で広まってんだぜ?」 「それは知ってる。色んなとこからお前の噂聞くし。まあ、時間が経てば無くなるだろうし、愚痴なら聞くから」  そんな言葉をかけてくれた加賀美のいい奴ぶりに軽く感動しつつ、誰にも言えなかった愚痴を零した。 「小深山先輩さぁ、『真空が幸せならそれでいい』みたいなこと言ってんだろ? あれ大嘘。そういうアピールすりゃ大勢が自分の味方につくの分かっててやってんだよ。あの先輩、自分の立場使って一回俺を退学させようとしてたからな?」  自分には珍しく、完全に愚痴るような口調で話していた。そのことに自分でも驚きつつ、続けた。 「小深山先輩は健気、俺が悪人、なんて酷い印象操作しやがって。俺が小深山先輩の信者に、何回レイプ未遂されたと思ってんの? リンチは怪我が残るから前園先輩とか館野とかを敵に回す、って踏んだからレイプなんだろうけどさぁ。にしてもレイプってねえだろ? どっちが悪人だよ」  俺の口調にか、それとも話の内容にか、驚いたように加賀美は口をぽかんと開けた。 「……明塚、それそんな軽々しく話せることなのかよ?」  やがて加賀美は恐々と尋ねた。 「未遂って言ったろ未遂って。ちゃんと返り討ちにしてあるわ、あんま広めないように口止めして。おかげでここ数日は誰も手出ししてこねえ」  何気なく言ったが、加賀美の反応は意外に大きかった。加賀美は「は?」と信じられなそうに聞き返した。 「え、返り討ちって、お前まさか――?」  目を剥いた加賀美に、俺は肩を竦めた。 「お前聞きたい訳? 何組の誰々とか誰々先輩とかはこういう方法できっちり脅してあるから、パシリに使っても文句は言わない、とか」 「いや聞きたくない、止めておく」  加賀美はそれを聞いて、途端に勢い良く首を振った。  俺だって話したくない。前永島にしたようなことを何人にもした、なんて話は、聞く方も楽しくないだろうが俺も楽しくない。

ともだちにシェアしよう!