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2決して覚めない夢であれ
「ったく、何で付き合い始めて一週間も経たないうちから引き剥がされなきゃならねえんだっつの。まだどこも出かけるとかしてな――」
そうぼやいてからふと、あることを思い出した。「ん?」と聞いた加賀美に向かって、俺は唖然としながらこう答えた。
「出かけるわ明日。今日泊まりに来るって約束もしてた。先輩に家の前で待っててって言って――完璧忘れてた」
「……やばくね?」
「……やばいな」
ともかく電話だ、と周りに人があまりいないことを確認して、電話をかけた。
電話は一コールで出た。余程待っていたのだろうか。
「もしもし、真空さん?」
『……平太?』
予想外にもか細い声が聞こえ、思わず「すみません」と謝ると、ずっと鼻を啜る音が微かに聞こえた。
『良かった……数週間会ってないし、一時間近く待っても来なかったから、嫌われてたらどうしようと』
まさか泣いていたのか、と思い至り、そんな心配をさせたのを申し訳なく思った。一時間近く経っていたなんて気が付かなかった。
「嫌いな訳ないじゃないですか、大好きです。……今のは完全に俺が悪かったです、本当すみません」
神妙な声で謝ったが、真空さんは小さく呟いた。
『……大好きって言ってくれたからいい。待ってる』
その呟きには嬉しそうな色が垣間見えた。
「今すぐ家に行きますから、待ってて下さい」
真空さんがああ、と答えるのを聞いてから俺は、電話を切った。
電話を切ってから俺は、片手で顔を押さえてため息を吐いた。――可愛過ぎか、真空さん。
泣くほど心配だったのに連絡の一本も入れないで、俺を信じてひたすら待っていてくれた上に、一言も俺を責めないで『大好きって言ってくれたからいい。待ってる』だ。
どこまで健気なのか。『大好きって言ってくれたからいい。待ってる』と俺の玄関の前でうずくまりながら答えているのを想像したら、更に萌えた。
今すぐに抱き締めてキスをしたい。キスをして、襲いたい。
「……明塚、やばい感じ?」
ふと加賀美が聞いてきているのに気が付いて、顔を押さえたまま俺は首を縦に振った。
「やばい。真空さんが健気過ぎて可愛い……」
思わず呟いてから、はっとした。真空さん、という呼び方が出てしまった上に、かっこいいで通っている真空さんを可愛いと言ってしまった。
加賀美を見ると、案の定驚いたような、そして引いたような顔で俺を見ていた。
「真空さん、か。可愛い? ……そうだよな、付き合ってるんだしな」
そして加賀美は無理やり自分を納得させたようだ。
「じゃ、俺、先輩のとこ行くから先帰る」
「さっさと行ってこい」
そう言いながら荷物をまとめると、加賀美は手で追い払うような仕草をした。
「ありがとな加賀美。愚痴聞いてくれて」
思い出してそう礼を言うと、何故か加賀美は顔を引きつらせた。
「お前に礼言われるとか気色悪いな、今日は雨かな」
「人がせっかく礼を言ったのに。お前一回死んどけ」
そう言って冗談半分で中指を立てると、加賀美はけらけらと笑って「はいはい、じゃあな」と手を振った。
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