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4決して覚めない夢であれ
「勘弁してくれ……最近あいつはずっとあんな調子だ」
真空さんは十分ほど後に、憔悴した様子で戻ってきた。
「あんな調子って?」
聞くと真空さんには珍しく、あからさまに苦い表情を見せた。
「全く話が通じない。『真空は僕のものでしょ?』の一点張り。いい加減俺も頭がおかしくなりそうだ」
かと思うと真空さんは、不安げな色を浮かべ、恐る恐る俺に尋ねた。
「平太、その……ええと、何で最近ずっと、会ってくれなかった? いや、忙しいのは分かるんだが、一緒に帰るくらいはして欲しかったし……もちろん、無理にとは言わないし、平太なりの事情があっただろうが……」
そして、視線をうろうろと下に彷徨わせ、ぽつりと呟いた。
「……正直、嫌われたんじゃないかってすごく不安だった」
そう言われてここ数週間の行動を振り返ると、確かに一度も真空さんと会っていなかった。
放課後は、ほぼ毎日小深山先輩の信者に呼び出され、それを振り切る、もとい返り討ちにするのに必死だった。昼休みなどは、二年生の階に行くだけで周りの目が刺さるようだったから以ての外。
だが、全く会わないことで真空さんを不安にさせることくらい、少し考えれば分かったはずだ。それすら思い至らなかったほど、俺には余裕がなかったのだろう。
駄目だなあ、俺、と気付けば漏らしていた。何のために最初は地味にしていたのだか、これでは分からない。
面倒事が嫌いだから、それもある。恋愛沙汰が兄貴のせいで苦手になったから、それもある。
でも一番は、誰かを嫌ったり誰かに嫌われたり、誰かを傷つけたり誰かに傷つけられたり、それが嫌だったのだ。
恋愛沙汰で兄貴が他人を傷つける様を何度も間近で見てきた。俺も何度も他人を傷つけた。
これでも俺は昔、地味とは一番縁遠い人種だった。だからそれだけ、人付き合いをあまりしない人と比べると、人間関係のごたごたには多く付き合わされてきた。
それでも俺は、極力平穏に過ごそうと頑張ってきた。それ以上面倒なことにならないように、頑張って頑張って、卒業した途端に糸が切れた。だからもう、人付き合いそのものをしないと決めていた。
それなのにこのザマだ。思い切り校内の有名人になり、多くの人に嫌われ、傷つけられ、一番大事な人を傷つけて、俺は高校で、何がしたかったのだろう。笑えるほどに思い通りにならない。
一体何がいけなかったのだろう。真空さんと出会ったこと、そのものだろうか。だとしたら、俺は――
「真空さん、もし俺が捨てたらどうしますか」
気付かぬうちにその問いが滑り出していた。そんなことを聞いて俺はどうするつもりなのか。
真空さんは目を見開いて、傷ついたような表情をちらつかせた。そして、自虐的な色を含んだ声色で答えた。
「……何もできない。平太にとって俺が迷惑なら、身を引かざるを得ないが、諦められるはずがない。だから多分、黙って好きでい続ける」
「違う人に乗り換えません? 小深山先輩とか」
考えるより先にまた問いが滑り出してから、自分が感じていた感情の正体を知る。
きっと俺も、不安なんだ。色んな人に嫌われて、嫌がらせに耐え抜いて、それで真空さんが俺の手元からいなくなったら、俺には何が残る?
その問いで、さっきの問いの意図を悟ったのか、真空さんはほっとしたような表情を見せ、何度もかぶりを振った。
「替えが効く訳がない」
その言葉にどうしようもなく安心して、俺は黙って抱き締めた。腕の中で真空さんが、戸惑ったような声を上げた。
「……平太、何があった?」
何度か逡巡した挙句、俺はこう返した。
「真空さんが誰にも何もしないっていうなら話します」
真空さんが戸惑いつつも頷いたので、俺は洗いざらい話した。
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