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2遊園地とクレープと

「……遊園地?」 「はい。あんまり来ませんか、こういうところ」  電車を乗り継いで来た先は、遊園地だった。確かに行く先は平太に一任していたが、俺はこういうところはあまり来ないので、どうすればいいのかが分からない。  頷くと、平太はやっぱり、と笑った。 「遊園地に行きそうなイメージないですしね。だからここにしたんです」  平太はそう言うと、さり気なく俺の手を握った。それが嬉しくて俺は、思わず握り返した。 「どれ乗りたいですか?」  園内地図を見せながら平太が問う。そんなことを言われても、どれがどんな乗り物なのか見当も付かないので、俺は答えられなかった。 「……分からん」  平太はそれを聞いて苦笑した。 「慣れてないんですか。最後にこういうところ来たのっていつですか?」  思い返すが、どこまで遡っても遊園地なんていう記憶はない。  眉をひそめていると、平太が信じられなさそうに尋ねた。 「……まさかないんですか? 夢の国も?」  夢の国、と言われて一つだけ記憶を思い出した。 「カリフォルニアのだったら小学校――三か四年生の時に一度だけ。国内はない」  やっぱりあるじゃないですか、そう頷こうとして平太は目を剥いた。 「カリフォルニア!? それって本場ですよ!」 「そうなのか?」  本場などと言われてもいまいち分からない。そもそも、そのテーマパークそのものをよく知らないのだ。 「何で、そんなところに……」  慄いたように平太が問いかけた。しかし何せ七、八年前の記憶だ、曖昧な部分が多い。 「ええと……確か父親の十年来の友人が、何かの会社のアメリカ支社長だかで遊びに。それ以上は思い出せん」  辛うじて思い出して答えると、はあ、と呆然として平太は呟いた。 「……そういや真空さん、金持ちでしたね。世界が違う……」  金持ちとは身も蓋もない言い方だ。事実ではあるが。 「じゃあ、俺が楽しみ方、教えてあげますよ」  笑みを浮かべて平太が手を引いた。その笑みがすごく格好よく思えて、俺は俯いて頷くしかできなかった。 「……真空さん、元気あり過ぎですよ」  呆れた顔で平太は笑う。そしてその顔のまま、なおも続けた。 「しかもお昼に食べたいものがクレープ……はしゃぎ具合といい食べたいものといい、女子ですね。それか子供」  もしかして平太からしたら、アトラクションに続けて乗るのもクレープ屋台に並ぶのも、迷惑なのだろうか。 「……平太は嫌か?」  しかし平太はかぶりを振って俺の頭を撫でた。 「甘えてくれて嬉しいです。そういう可愛いとこ、俺以外に見せないで下さいよ?」  平太は平然とそう言ってのけた。平太は何の前触れもなく、よくそういうことを言うから、言われたこちらの心臓はたまったものじゃない。 「かわっ……可愛いなんて、そんなこと……」  尻すぼみになりながら呟くと、そういうところが可愛いんですよ、と耳元で囁かれた。俺は、平太のそういうところがずるい、と心の中で呟いた。 「いらっしゃいませ、ご注文をお伺い致します」  あまり人が並んでいなかったせいかすぐに順番が来て、店員の若い女の人がそう声をかけてきた。ええと、と平太が呟いた時にその女の人が顔を上げ、少し驚いたように後ろを振り向き、もう一人の女の店員に話しかけた。  平太の知り合いか何かだろうか。それにしては、平太は平然としているが。 「真空さんが……これでしたっけ?」  平太が指差したメニューに対して頷くと、平太は、 「すみません、このガトーショコラ生クリームを一つと、俺が照り焼き……」  言いながら財布の中身を覗き、少し黙考してから言い直した。 「……ガトーショコラ生クリームだけでお願いします」  どうやら金がなかったようだ。それくらい奢るのに、と囁くと、平太は苦笑いをした。 「格好悪いじゃないですか、奢らせるなんて」  少し待つと、すぐにクレープが二つ出てきた。何故二つなのだろうか、平太も同じことを思ったようで、俺と平太は顔を見合わせた。 「お待たせ致しました、ガトーショコラ生クリームです」  読み上げられた注文は確かに一つだけだ。ならば何故、クレープは二つあるのか。 「……それと、こちらの照り焼きチキンステーキは、私からのサービスです」  はにかんで言う黒髪の彼女の顔を見て、悟った。平太はイケメンだ、それも女受けのする。その上服装までハイセンスだ。だからサービスされたのだろう。  俺からすれば、正直面白くない。しかし態度に出すのも子供っぽいかと思い、ただ黙り込んだ。

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