92 / 373
3遊園地とクレープと
「えぇ、ちょっと絵美ぃ、それサービスしようって言ったのあたしじゃん? なに自分の手柄みたいにしてんの」
もう一人の女の店員が少しむくれたように割り込んできた。そして茶髪をゆるく巻いた彼女は、にこにことカウンターに乗り出してきた。
「お兄さんさ、あたしと連絡先交換しません? そしたらもう一個何かサービスしちゃうんだけどなぁ」
随分と積極的な女の人だ。彼女は顔は良いので、それを自分で分かっていて積極的に出ているのかもしれない。
「あまりサービスしてもらっちゃうのも悪いですよ。それにお姉さんくらい可愛いなら、相手がたくさんいるでしょ? そこに俺が割り込むのも野暮じゃないですか」
対する平太もにこやかにそう答えた。愛想笑いか、それとも本当に嬉しいのか。しかし可愛い女の人に言い寄られて悪い気はしないだろう。そう思うと何だか胸の奥がもやもやとした。
平太が彼女に対して可愛いと言ったのも気に食わない。俺に対して言う『可愛い』も軽い気持ちで言っているのか、と勘繰ってしまうから。
「やだ、可愛いなんて照れますよぅ。野暮なんかじゃないですよ、お兄さんみたいなイケメンで褒めるの上手な人が彼氏だったら、あたし嬉しいなぁ。ね、連絡先、交換しません?」
更に言い寄ってくる彼女に、平太は「ええと」と頰を掻きながら宙を見上げた。まさか検討しているのだろうか。不安だったが、平太を信じるしかなかった。
「ちょっと麻友、迷惑かもしれないでしょ?」
黒髪の彼女がたしなめるように言うが、茶髪の彼女は気にも留めない。
「絵美だってカッコいいよねって言ってたじゃーん。絵美も聞けばよくない? てか絵美も連絡先聞きたいんじゃないの?」
「それはっ……そう、だけど」
そして黒髪の彼女でさえ、「もしご迷惑でなければ、連絡先、教えて頂けませんか?」と上目遣いで問いかけた。
平太はそれを見てため息を吐き、俺の顔をちらりと見て言った。
「すみません、そういうことしちゃうと、この人が怒るんで」
反射的に平太の顔を見ると、平太は「心配しないで下さい」と耳元で囁いた。平太は全て分かってくれていた、と俺は思わず安心した。
黒髪の彼女は察したのか、怯んだように黙り込んだが、茶髪の彼女は気付かないようでなおも言い寄ってきた。
「えぇー。……あ、それなら! あたし達もうすぐでシフト変わるんで、一緒に遊園地回りません? ほら、男二人で回ってても楽しくなくないですか?」
「そんなことないですよ。楽しいです」
「そんなこと言わないで下さいよ、奢らせるとかしませんからぁ。お兄さんと一緒にいたいだけなんです!」
察さずに更に重ねる彼女に、平太はわずかに笑みを崩した。
「別に俺達がいなくても、そっちのお姉さんと二人で回ればいいんじゃないですか?」
平太の柔らかい口調がほんの少し固くなった。黒髪の彼女は「め、迷惑だろうし止めようよ」と裾を引くが、茶髪の彼女は意に介さない。
「えぇ、絶対男二人で回るより女の子も二人いる方が楽しくない? もう一人のお兄さんもイケメンだしさぁ、誘わないともったいないって!」
小声で話したつもりらしいが、こちらにもしっかりその言葉は聞こえていた。それを聞いて平太の口元が一度引きつった。
そして何を思ったか、平太は営業スマイルを浮かべた。
「すみません、誘って頂けるのはとても嬉しいんですが」
そして、彼女に見せつけるように俺の肩を抱き、営業スマイルのまま言い放った。
「恋人がいるので」
呆気に取られた彼女を尻目に、平太は笑顔で一礼し、俺の手を握って引いた。
ともだちにシェアしよう!