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4遊園地とクレープと
人通りの少ない日陰のベンチに腰掛けてから、平太はうんざりしたようにため息を長く吐いた。さっきまでの笑顔はどこにもなかった。
やはりあれは愛想笑いだったのだろう、そう思っていると、平太は眉をひそめて独り言を吐き捨てた。
「……意味分かんねえよ。自意識過剰で察しの悪い女ってほんっとに面倒くせえ」
「……平太、怒ってるのか?」
おずおずと尋ねると「決まってるじゃないですか!」と勢いよく返された。
「ただでさえ真空さんの前でしつこく言い寄られてこっちは気分悪いのに……あろうことか、真空さんをオマケ扱いしましたからね?」
「……オマケ?」
意味が分からなくて聞くと、平太はため息を吐きつつ答えた。
「言ってたじゃないですか、もう一人のお兄さん『も』イケメンだって」
「それは……別に俺は、それほど格好良くないからな」
特に卑下する訳でもなく事実を述べるように言うと、「何言ってるんですか」と呆れ返ったように平太は言った。
「真空さんは格好良いですよ、俺の主観を抜きにしても、です。……ただ、多分受ける層が違うんですよね、俺と真空さんって。俺はどっちかというと女受けして、反対に真空さんは男受けするんだと思います」
そうなのか、と呟くと、平太は頷いて続けた。
「だから、真空さんに憧れてる男子生徒ってすごくいるじゃないですか。強くて格好良くて頭も良い、なんて、そりゃあ同性に憧れられますよ」
しかし平太は、まあ、と笑って言った。
「俺からしたら可愛いんですけどね」
平太は本当にずるい。何の前触れもなしに、ごく自然に口説き文句のような言葉を口にするから。
しかしそれは、平太が多くの恋愛経験を積んできたが故の言動なのではないか。そう思うとどこか不安になる。
前、平太のお兄さんに『君は愛されてる』なんてことを言われたが、それでも俺は平太のたくさんいるうちの一人に過ぎないんじゃないかと、そう疑ってしまう。
だってさっきの平太の行動は、女性に言い寄られることに慣れていそうだった。それに平太は元々、異性愛者寄りの両性愛者だと聞いた。はなから同性愛者の俺とは訳が違う。
それと俺は、高校生以前の平太を何も知らない。だからなおさら、不安になる。
「なあ平太」
クレープを食べながら声をかけると、平太もまたクレープを食べながら首を傾げた。
「お前って、付き合ってきた人数は何人だ?」
平太はクレープを飲み込むと、少し考えて答えた。
「ええと……付き合ってたのか付き合ってなかったのかよく分からない関係の奴が、一人だけです」
「よく分からない関係?」
聞き返すと、平太は少し苦笑いをした。
「幼馴染兼セフレ、みたいな。……さすがに兄貴ほどではないですけど、俺の性生活も割と乱れてたんですよね。相手も相手で、相当なビッチでしたけど」
「……好きだったのか?」
一番聞きたかったことを切り出すと、平太は俺がですか、と確認するように問いかけてから、しばらく考え込んだ。
「誰よりも一緒にいて安心できたし楽しかったし、『こいつのことは俺が一番よく知ってる』みたいに変な自尊心はありましたけど、独占欲とか、嫉妬とかは無かったですね。……うーん、だからただの友情だと思いますよ?」
そうか、と平素を装って呟いた。本当は安心して嬉しかったのに。
「いきなりどうしたんですか?」
疑問気な平太に、俺は躊躇ったが正直に言った。
「さっきの女の人に少し妬いた。それと、平太の愛想が良かったから、慣れてるんじゃないかと思って不安に」
平太は目を一度瞬くと、途端に笑みを零した。
「慣れてないって言ったら嘘になりますけどね。付き合ったのは真空さんが初めてですし、更に言えば初恋も真空さんです」
「……俺が初恋?」
「そうです」
嘘を吐く風でもなく甘い言葉を囁く風でもなく、事実を述べるように言う平太。それが嬉しくて、俺はそっと手を握って「……俺もだ」と囁いた。
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