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5遊園地とクレープと

「……真空さん、これ食べたいですか?」  先に食べ終わってしまい、手持ち無沙汰から何とはなしに平太のクレープを見ていると、平太が笑って問いかけた。食い意地の張ったやつだと思われただろうか。俺は慌てて首を振る。  平太は少し不思議そうに首を傾げると、すぐ後に何か思いついたのか悪戯っぽく笑い、一口含むとクレープを俺に差し出した。  食べていい、という合図だろうか。俺は顔色を伺うように平太を見たが、平太は悪戯っぽく笑うだけ。  なので俺は、恐る恐るクレープに顔を近付けた。そしてクレープが触れそうなほど近づいた時、不意に目の前からクレープが消えた。  驚いて口を開けていると、咥えるはずだったものを失った口にあてがうように、平太の唇が重なった。驚く暇もなく今度は、物が押し込まれ、すぐに唇が離れた。 「クレープです」  耳元でそう楽しそうに囁かれてから、平太の意図を悟る。――口移しをされたんだ。 「どうしたんです? 食べないんですか?」  笑いを含んだ声に後押しをされ、俺は恐々とそれを噛んだ。  照り焼きチキンの旨味と塩っ気が染み出してくる。それが一度平太の口に含まれた物だと思うとやけに興奮してしまい、訳が分からなくなってしまって俺はただ平太を見た。 「美味しくないですか?」  慌てて首を振ると今度は、じゃあ美味しいですか、と尋ねられた。頷くと、平太は意を得たように頷いた。 「なら続き、食べて下さい」  そう言ってから平太は、クレープを示すように俺に見せると、ことさら嬲るように囁いた。 「まだまだ残り、ありますからね」  その声と、嗜虐心たっぷりの目つきと、何度もこれをさせるつもりだという予想に遊園地という非日常感が相まって、囁かれただけだというのに震えるほど感じてしまった。  噛みしめるほどに旨みが広がって、でも同時にゾクゾクしてしまって、よく分からなくなりながら俺はひたすら噛んだ。そのうち、咀嚼を見られているだけなのに視姦されている気分になった。  どうにか飲み込むと、隣で笑う気配がし、堪らなくなって俯いた。すると平太はさらに笑って、小さく問いかけた。 「今度は咀嚼した上で口移し、してあげましょうか」  それでは、母親が幼い子供にする口移しとなんら変わりがない。そう思い至ると、なおのこと昂ぶってしまった。衆人環視の中口付けするだけで恥ずかしいというのに、幼い子供のように扱われるとくれば、さらに羞恥心と被虐心が煽られる。  だから俺には、頷く他の選択肢はなかった。  いい子ですね、そう囁くように俺の髪を撫でると、平太はクレープを何度か咀嚼し、合図もなしに口付けすると、咀嚼したそれを流し込んだ。俺はそれを口の中に留めておけず、口付けをしながら飲み込んだ。  俺はその行為にすっかり興奮してしまい、背筋を撫でる快感に堪らず「んん……」と小さく声を上げてしまった。 「……はしたないですね、真空さん」  唇を離すと平太は、耳元でくすりと笑った。その嘲笑うような響きに、ゾワリと震えが走った。

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