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1気付いた気持ちと変わらない関係
「……何で呼び出されたかは、分かってるな?」
威圧する風でもなく、静かに告げる彼。その静かさがむしろ、不気味だった。
「あの後輩のことだろ?」
聞くと、特に表情も変えずに彼は頷いた。彼はいつだって、無表情だった。あの後輩の前以外では。
「認めるのか、自分が嫌がらせをしてきたってこと」
「認めるも何も」俺は肩を竦めた。「俺は間違ったことはしていない」
何か言い返してくると思ったが、彼はやはり静かな声音で、ほう、と呟いた。
もしかしたら彼は、ほとんど何も知らないのかもしれない。そんな予想は、あっさりと裏切られた。
「根も葉もない悪い噂を全校に広めること、嫌がらせの手紙を下駄箱いっぱいに毎日入れること、毎日放課後に呼び出し、不良をけしかけて強姦させようとすること――どこが間違っていないのか、俺に教えてくれないか」
「……全部知ってるのか」
「あいつに全部聞いた」
顔色一つ変えない彼。どうして全て知っているのに何も態度を変えないのか、不気味で仕方がなかった。
「どうしてそんなことをした」
分かっているだろうに彼は聞く。俺は素直に吐いた。
「お前とあの後輩は付き合うべきじゃないからだよ、前園」
彼――前園は軽く顎で先を促した。
「前園は伊織様と付き合うべきだ。あんな健気で見目麗しい伊織様のどこが不満なんだ? あんな後輩のどこがいいんだ? 顔は悪くないかもしれない、でも冴えないし性格は最悪だろ」
前園は伊織様、のところで辟易したように眉をひそめた。
「性格が悪い、か」
呟いた前園の言葉に俺は、意気込んで答えた。
「だってそうだろ? お前も生徒会長もあっという間に誑かして、挙句お前といた方が得だって考えたから、お前と付き合ってるに決まってる。目を覚ませよ。そしたらお前も伊織様と付き合うべきだってことに気が付く」
言ってから、さすがに言い過ぎたかと気付く。しかし前園は、表情をぴくりとも動かさない。
「言いたいことはそれだけか?」
前園はそう囁いた。その囁きが聞こえたと思うと、次の瞬間俺は床に転がっていた。
次いで、押し潰されたような衝撃を腹に感じる。上を見上げると、先ほどと全く表情を変えずに俺の腹を踏み付ける前園がいた。
それを見て、ようやく理解した。前園が表情を変えなかったのは、怒りを堪えていたから、もしくは本気で怒ると表情がなくなるからだ、ということに。
「言っておくが」前園はそれでも表情を変えずに言った。「平太がわざわざそう見せてるから、冴えないのは否定しない。だが、性格が悪いなんて聞き逃せない」
前園は俺の腹を踏みにじると、無表情のまま吐き捨てた。その目は、ぞっとするほどに凪いだ瞳だった。
「俺はいくらでも侮辱して構わん。だが、誰であろうと平太を侮辱する奴は許さない。分かったら謝れ」
不意に、彼が学園最強と呼ばれる所以を悟った。――勝てる訳ない、こんな奴に。
彼は俺を、怒鳴り散らすことだって、殴り飛ばすことだって容易にできる。しかしそれをせずに、不気味なほどの無表情で静かに圧をかけるのみ。
本能的な恐怖とでも言うのか、怖い理由を考えるより先に、心が屈した。
俺が口を開きかけると、それを遮って前園が言う。
「俺にじゃない。平太にだ。それと、今すぐ嫌がらせを全てやめること、それから噂を絶やすことを約束しろ。でなきゃ……」
「でなきゃ?」
前園はやはり、表情一つ変えないまま言い放つ。
「しばらく利き手は使えなくなると思え」
総毛立ったのを感じる。彼は間違いなく、本気で俺の利き手を潰すだろう。
利き手はどっちだ、そう問う彼に急かされて、俺はただ恐怖から逃れるのに必死で喚いた。
「やっ……約束する! だから、助けてくれっ!」
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